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2005年7月28日 (木)

嫌中嫌韓 反日の果てにあるもの

知れば知るほど嫌いになるって。。。。?

今、コミックで見る恨の国 『マンガ 嫌韓流』(7月26日発売)というのが、ちょっと話題になってる。キャッチフレーズも刺激的、”知れば知るほど嫌いになる”ーだって、、、!
<嫌韓流サイト> http://www.shinyusha.co.jp/〜kenkanryu/
*リンクはずされますので、URL欄にこのまま上記をコピーするか、/〜kenkanryu/の〜を半角に入れ替えてください。

。。。仕方あるまい。
madamもネットで毎日ニュースを拾うようになって以来、守備範囲に恨国メディアもいくつかあり、その論理の立て方支離滅裂な内容には、毎日、抱腹絶倒の楽しみを味あわせてもらっている。
押しつけの『韓流ブーム』の反動とも申しましょうか、シナ&恨国マンセーの報道に辟易しているヤカラが、少なからず、いや、かなりいることは、どう取り繕ってもごまかせない事実なのだろう。

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こちらのコミック、日韓ワールドカップの恨国チームの態度に疑問を抱いた主人公の男の子が、それまで全く興味の無かった日韓の歴史に触れるに連れ、自虐史観をリセットしていくというストーリーらしい。
連日、アマゾンで予約、販売ブッチギリで、ご当地のマスコミでも取り上げられたほど。
表には出ない恨国情報満載だから、韓流ファンのオバサマ方は、是非、更なるコアな情報も仕入れ、ひと味違う恨国像にも触れていただきたい。

まずは作者の山野車輪氏の勇気に拍手!
商業誌でいかなる圧力やタブーがあるか想像できる立場として、しかも無名で出版社を当たるにも、これまでどれだけご苦労なさったことかと思う。そして、その若さと熱意と勇気があれば、まだまだ日本も捨てたもんじゃないな〜と、呑気に高見の見物している訳にもいかないので、オバサンもオバサンタチなりにできることをやっていけたらいいな〜と思う次第。
しかし同時に、韓流という作用に対する、単なる、反作用としての『嫌韓流』だけじゃ、余りにも受け身で能がなさすぎる。
願わくばこれを機会に、我々の”あるべき姿”を是非とも検討、再構築し、その暁には心の底から
「韓国よ 韓流をありがとう〜!」「シナよ 今日も反日をありがとう〜!」
「君たちのお陰で日本は生まれ変わることができた!」ーと、いつかお礼が言えるように昇華できたら素敵だな!

そういえば、『ワイルドスワン』の著者が最近BBCに出演し、彼女の最新の書について語っているのを見た。

〜「毛沢東は戦後、国民党軍と闘ってくれた日本軍にとっても感謝した」〜

ーというのは、中国共産党最大のタブーだそうだ。

太田述正コラム厳しく再評価される毛沢東(その1)#744(2005.6.5)
(その2)#745(2005.6.6)
軍事評論家=佐藤守のブログ日記

サスガ、マオさま!前世紀最大最悪の7000万人粛清した独裁者、懐の大きさもケタはずれだ。
しかし、”感謝”って云われてもねェ〜ッ!その後の展開を考えると、「だったら、どうにかしてよっ!」って言いたくもなるのだが、まあ、とにかく恨みや憎しみだけを行動原理としていては、それ以上の発展は望めないってことだ。「恨み心は、恨みでは解けぬ」って言うし。
我々も、個人的な好き嫌いの感情は一時のウサバラシと割り切って、あとは冷静に相手の精神構造と行動パターンを研究し、今後の対策に役立てることが急務だろう。

先日、ちょうど中学1年の子供を持つ友人に、『自虐史観から子供を守る父母の会』のようなものを作らないかって話しかけてみたら、唖然!!!

、、、事態は、自虐史以前の話のようである。。。!

*詳しく知りたい方は、コチラ電脳教科書保管録

特別のケースを除いて、ほとんどのお母さんたちは、いや、お父さんも、自虐史観に対して全く理論武装できないらしい。だから、韓流がトレンドだと言われたらフラフラ〜とたなびき、おそらく嫌恨流が主流となれば、やはりフラフラ〜、風のむくまま気の向くまま、ひたすら”甘い水”の噂に誘われる蛍のように、それが偽情報か、本物か検証することなく、飛び交うのが実情であろう。そう、日本人は空気で動く民族とやらだからだ。
そもそも我らの世代の日本史の授業は、”はじめチョボチョボ、あとパッパ〜”で、先生方の故意か無意識か、昭和以降の歴史は受験期も近いこともあって駆け足で通り過ぎていった。覚えているのは歴史用語だけ、それがどのように引き起こされ、どんな状況でどんな効果があったのかは知らないのだ。ただ、

「日本は原爆落とされて負けた、ひどい目にあったが皆で頑張って金持ち目指した、その後アメリカは責任取って日本を守ってくれてるし、戦争しなくていいからラッキ〜!」ーと、この程度の認識か???

あとはほとんど映画やニュースで見た記憶のパッチワーク。いい事も悪いことも全てが封印され、無邪気に繁栄を謳歌することに嬉々としていた世代。
かくいう、madamも『従軍慰安婦』とか、『南京虐殺』もそんな言葉のない時代に中〜高時代を過ごし、今では捏造と噂の高いそれらの本が出版された時も、「ヘ?そんなことあったの?ーで、何か?」と気にも留めず、シナは中国と台湾、朝鮮は北と南の認識あるのみ、こんな危険な関係だったとはつゆ知らず、欧米一辺倒の海外旅行ばかり夢見てた。
伝え聞く安保騒動も学生運動も日の丸騒ぎも、団塊の世代らの、貧乏な時代のウサの発露と捕え、平和を謳歌し贅沢を求め、『無気力、無関心、無感動の三無主義』『シラケ、ノンポリ、無宗教』をクールでカッコイイと勘違いしていた、いわゆる、科学万能即物主義世代である。

し、しかし、ちょっと待てェい!
人口甘味料たっぷりの色付き”甘い水”でプクプクに肥えた蛍、これが戦後の日本人の”あるべき姿”だったのか?
ネットできても、エロとか、ゲームとか、デアイケイとか、ツール変わっただけで、やってることは猿以下のワンパターン!余りにも、文明の発展に伴う成長がない。
今から10年以上前、紐や鎖でジャラジャラにした半裸のオネーサンたちが羽扇持って、夜な夜なブクブク泡ふき乱舞する姿に、これはどこぞのソドムとゴモラか、一瞬にしてmadamは、甘味料の恐怖に血の気が引いていった記憶がある。そう、、、

「モウ、要リマセン!飲メマセン!オナカイッパイ、水ガイインデス!キヨイ水〜!!」

ーと、いわゆる今でいう、スローライフ、スローフード、スロービュティーに方向転換したのだった。

”ノンポリ、右にも左にも偏らず、楽しく健全に過ごしてきたつもり”の、”もはや戦後ではない享楽世代”の蛍も、あの頃を機に、すっかり表舞台から姿を消したようだが、今では、アイテーホタルとか、ファンドホタルとか、新種外来の蛍が、チカチカしている。
しかし、”甘い水”の噂を流した”ホラ吹き”を探し血祭りに挙げて、再度、享楽生活を夢見ることは最早、勝ち組と呼ばれる、超甘大好きの、強靭体質の新種蛍だけに許された特権なのであろう。
高カロリー、歯を溶かすほどの甘さで、飲むだけで太って行く、常習性のある、あの、炭酸入り添加物てんこ盛りの茶色い液体。例え「ダイエット〜」であろうとも、フツーの体質の在来蛍が毎日飲むのは余りにも危険だ。(グルタミン酸Naもゴメンだが)

そもそも、自らが進んでホラを吹かないまでも、何故に我々は、こんなにも甘い空気に釣られやすいのか。。。?
〜ダイエット、ケンコウショクヒン、ビヨウセイケイ、エステ、コスメ、グルメ、ブランド、デアイケイ、ファンド、カブ〜
これこそ、ひとえに”甘い”という、物欲的誘惑にチョロイ体質、つまり、戦前も戦中も戦後も知らず、我々、自虐史観も逃れた世代に特に顕著な、『即物享楽主義』という麻薬のような添加物の脳内変化がなせるものだろ。

即物唯物的な欲に”肥大化”した我々は、他との関わり合いを捨て、国家とか社会とかも脳から排除し、よりプライベートに、エゴを満たすことに精を尽くした。しかし、これが結果として、核家族、単身赴任、鍵っ子、共稼ぎ、離婚、家族破壊、孤独、少子化を生み出したとしたら、どうする。。。?
何故なら、物質欲やエゴに基づく『個の肥大』とは、必ず、こっちを立てればあっちが沈むという、他者との対立を生じ、何かしらの空間的物質的搾取や破壊を伴うからだ。狭い電車に閉じ込め飼育される北京ダックだね。

個と自然の対立が”自然破壊”を、個と親との対立が”親子断絶”を、生徒と教師の対立が”学級崩壊”を、生徒と生徒の対立が”いじめ”を、友人との対立が”孤独”を、男女の対立が”非婚”を、経営者と労組の対立が”倒産”を、”甘い水”は縦横無尽に、個と他者とのつながりという糸を、容赦なくバッサバッサ切り捨てていく。
そして最後に、”肥大化した個”が”国家”と対立すれば、これ、すなわち、国の転覆、亡国を招くのであろう。

ならば、無神論=唯物主義国家と自称して憚らない日本は最終段階で必ずや、在来種の時間的思想体系(歴史)と空間的思想体系(村社会)の切断、すなわち、

伝統と共同体という、暗黙の縦横のつながりを変容させ、民族国家としての日本は崩壊する、、、!

との予測は、誰にでも想像できるだろう。
最終ステージは、すぐそこまで来ている。あるのは、

”砂粒のようにバラバラに存在する個の集合体”。

。。。しかし、それがかろうじて同じ歴史を共有する、私たちの望む国家の形なのかしらん???

それでもいいのかと、皆に聞いて回りたい。
おそらく今のEU圏のように、”甘い水”につられいろんな人種、言語圏、思想的背景のある人がやって来ては住み着き、やはりそこで当然のように”肥大化した権利、人権”を主張するだろう。国内では日本語以外に公用語がいくつも使われ、共通語はやはり英語か?コリア、チャイナ、ベトナム、インド、ブラジルetc...我々在来種も、この国土ではone of themとなり、多少の住み分けがなされ表面上では笑顔を作りながらも、差別、対立が深刻化し、テロも頻繁になって、まあ、今の民族国家の日本とは似ても似つかない、全く異質な、どこぞの国と同じ人工的国家になることも想像できる。

投資コンサルタントの増田俊男さんが、以前、おもしろいコラムを書いておられた。
増田俊男の時事直言 
〜294号(2005年3月14日)より〜

世界の仕事は「アメリカの浪費」によって創られる、と言っても過言ではない。たとえアメリカでなくても、アメリカの政治、経済システムを採用してソフト大国を目指すならば、その国はアメリカと同じなのである。
消費大国、ソフト大国、脱工業主義国アメリカは後進国からモノとサービスを買い続けるから、経常、対外債務の赤字は天文学的に増大するばかり。だから、金融(平和)か戦争で他国の富を奪わなくては存在できないのである。覇権追求が宿命。消費(浪費)と覇権のシーソーゲームで成り立っているのがアメリカ。
アメリカこそが資本主義のシンボルであり、資本主義の宿命でもある。

では、猿同然の人間が先進国の浪費によって仕事を得て、生活水準を上げ続ければ、猿人間は地球上からいなくなり、アメリカの覇権は終焉を迎えるか? 答えはNo! である。
なぜか? 消費、ソフト大国はモノ作り大国(日本)と異なりゼロサム世界であるから、一人の成功者が1兆円儲けると、合計で1兆円損した数百万人がホームレス(猿以下)になるからである。今や世界中がアメリカ(浪費大国)を目指しているから、サル人間がどんどんマシな人間に変わってゆく。
ところが、マシな人間になって住むことになった社会では貧富の差が拡大し続け、まともだった人間や、やっと人間らしくなれた人間が大挙して惨めな猿人間に追いやられて行く。世界にこの繰り返しを促進させることを、ブッシュの言を借りれば「自由を世界に拡大する」というのである。
〜引用〜

簡単に言えば、空間的市場に限界のある地球のゼロサムワールドにおいて、GNPを永遠に成長し続けさせる永久機関化するには、資本投入と戦争のセットをインセンティブとして、需要と供給両サイドの個個を闘争させ、且つ、個々の肥大化を促がすに尽きる、ーということらしい。
つまり、”果てしない物欲の追求”、これを”自由の拡大”という。更に、

「サルから人間、人間から猿」を繰り返している限り、そしてアメリカの自由(覇権)が世界に拡大する限り、永遠に増え続けるアメリカの借金は世界が払うことになる。
アメリカの覇権がより拡大されれば、アメリカの赤字はさらに増大するが、地球上の大部分の人口を占める後進国の生活水準は上がる。アメリカ型社会では、わずかな兆円長者が出ると必ず膨大な猿人間が排出される。後進国の猿人間が減ると、後進国で減った分だけ、アメリカ型先進国で猿人間が増える。
増えた猿人間を食わすには新たな仕事が必要となり、発展途上国はアメリカ化して新たに浪費を続けなくてはならなくなる。これで「猿から人間、人間から猿」の循環がスムーズに行くのである。こういうわけでアメリカは滅びないのである。

おもしろいことに、後進国は〜サルからヒトへ〜と進化する過程で供給を支え、先進国は〜ヒトからサルへ〜退化する過程で需要を支える役目を負うとある。また、この行程において、ヒトとサルの配役は、戦争と、資本投入という爆弾で、交互に交代させられ、人間とは要するに”サルとヒト”を行ったり来たりの、このシャトル永久運動をする生き物であるらしい。

日本人は、焦土と化した敗戦によって”ヒト”から”サル”のどん底生活にと落とされたが、戦後、”甘い水”を乳として、やっと世界でも有数の進化した”ヒト”になったが、困ったことに満腹状態でこれ以上いらないと言っている。では次なる作戦は〜?おなじみの、再びマンハッタン計画だ!
東京のど真ん中に資本原爆を落として、しこたま備蓄している”甘い水”を奪い、兵糧攻めにすれば、ヤツラ、中毒症状が出てまた欲しがるだろ。つまり、、、、我々に備蓄(貯蓄)を禁止し、ジャンキーサル(消費中毒)になれということらしい。。。

誰が考えたんだろね、こんな計画。。。「頭、い〜っ!」というより、こ、これはっ、

『悪魔のシナリオ』!!!

ーダヨッ!!!

しかしね〜、我ら”六道輪廻”の仏教観を持っていた在来種にとって、”サル”になれとは『畜生道』に堕ちること。いや、即物的な”ヒト”も、既に”ヒト=人間界”の住民ではなく、『餓鬼』であり、『修羅』であるのだが。
東洋では、イエスさまが生まれる500年も遥か昔から、唯物、即物的に生きることを『六道輪廻』の思想で戒め、精神的に生きることの大切さが説かれてきたし、イエスさまも、「貧しき、心清きものは幸いである」と、強欲を戒めている。
”甘い水”という麻薬幻想は、おそらく、物よりも精神を至上とする全世界の宗教、神をも全否定するものになるだろう。
また、これは明確な天国地獄の地図を持たず、輪廻を否定し、この世からあの世という一方通行的思考しかできない宗教圏の人たちの、苦しまぎれに発明した、神をも畏れぬ、往復型世界観なのではないかと疑う。

また、増田氏が指す「アメリカ」とは、お金の流れをフォーカスした「消費型世界」「即物的世界」を象徴していると思う。いわば、世界の胃袋、消費を担うアメリカは、『ジャンキーモンキー化』完了と、言ったところか?
世界中に行き来するお金の量が多ければ多いほど、経済が成長すると言うのは、オバサンだって理解できる。だが、血液量、つまり、お金の流通量が増加するためには、現在の日本のようにテフレが続いたり、財布の紐が固く締められていることは都合が悪いってワケだ。それは、お金という血液がうっ血し、先細ることを意味するから。
ならば、いっそのこと、私有財産を取り上げ、貯蓄はさせず、稼ぐ傍ら、どんどん消費しろっということだ。

さて、ではこのシステムの中で誰か、勝者はいるのか。。。?
輪廻の軛から逃れた者を東洋では、仏陀=目覚めた者、と呼んだ。
ヒトサル永遠シャトル運動の軛から、逃れた者とは。。。?

電池やダムのように、流量が多ければ多いほど、電圧が高ければ高いほど、得をする人たちとは、、つまり、利ざやで稼ぐ、金融、、、アッ、どうしよう!またまた、陰謀論に行き着いてしまったヨォ〜!
*会社(国)が、社員(国民)や社長(政府)のものではなく、株主(国際資本家)のものであるとういのと、同じ原理ですね、きっと。

しかし一方で、肉体の成長には限界がある。悪いけど、我々は”サル”でも”ヒト”でもなく、”人間”だからだ。
肉体という物質だけでなく、心という”精神性”を持つ生き物。
そう、西洋では、”BODY&SOUL"、日本では”全身全霊”の”霊肉二元論”だ。
霊とは、死んでもあの世に旅立てず迷っている幽霊のコトではないヨ!
霊とは、我々の心の中核を為す部分。
霊とは、”甘い水”に誘惑されるような”煩悩”を心から削ぎ落としたものである。
だから、日本では、肉体を去り物欲には最早縁を持たない死んだ人を、”ホトケ”と呼び、身近な”ホトケ”として、先祖も崇拝してきたのだ。(削ぎ落とせなかった死人は、幽霊となって彷徨う)

ーとすれば、このマネーゲームという戦場で、ギャンブラーが描く「サルとヒトのWキャスト」から抜け出る方法とは、我々東洋人にとって、実は比較的簡単なことなのではないかという気がしている。

”甘い水”には騙されない、内なる”霊性”の目覚め、ほんとにおいしい”自然水”がわかる感性とも言おうか。

そして、その霊性に従い、我々ひとりひとりが縦と横の糸をしっかり結び直し、新種の日本蛍として進化していくこと。これは政治家任せや他人任せではなく、自分の問題として自分が変わっていくしかないのだ。

それには、〜唯物主義の対極にある価値観〜が必要とされよう。
つまり、我々世代が失った最大のものは、
〜”水”性質を嗅ぎ分け〜
〜肥大化する個を抑制し、他者と調和させ〜
〜自分の成果を個人の枠から、世のために解き放つ〜

『徳』を至上価値とする日本人!!

「お天道さまの下を歩く」「情けはひとのためならず」「顔向けできない」「人のふり見てわがふり直せ」「世のため人のため」「穴があったらはいりたい」「天命を知る」「敬天愛人」「天罰」etc。。。。

昔、この”徳”が、最高の良質の、本物の”甘い水”であったはずだ。
かっての日本では、どんな猛者よりも、どんな富者よりも、どんな智者よりも、この慈愛と知恵を持ち合わせ社会的偉業をなしとげた人物が”徳高き神の如く”と評されたはずだ。
しかし、武力〜知力〜経済力〜と時代がパラダイムシフトするにつれ、力ない徳者は謀殺され、貧しい徳者は餓え、知恵なき徳者は、ハメられた。
それらを踏まえて考えるなら、この現在繰り広げられている戦場では、かっての富を疎い武力を疎い知恵を疎う、ただの優しく清貧な非力の善人的徳者の”裸の王様的徳という精神論”では通用しないということだろ。
徳ある者こそ、力を持ち、知恵も持ち、金も持たねば、現在のシャブに犯されたような血液をマルゴト取っ替えて入れ替えることができない。

徳を求める人間が住む国が永遠に栄え、
徳高き国が権力をも持つ、
徳という権威をもってして、
有限の市場と資源を無限大へと化学反応を起こさせ、
初めて、戦争もない、発展型の循環世界を造れるのではないかいな。。。?

ならば、今目指すべきは、心の中心にデーンと”徳高き”を人生の目標の柱と据え、
強さと、裕福さと、知恵を備えた新しい型の共通の理想を模索し、これを”新生日本の神”とする、この

”新たな日本の神さまへの信仰”

以外にないのではないでしょうか。。。?

これは、きっと日本だけでなく、世界中のどこにでも受け入れられる普遍的な神様かと思います。

我々の備蓄が郵政民営化により取り上げられる前に避難させ、徳ある企業、徳ある事業、徳あるモノを見定めて未来に投資していくのが懸命かと思います。では、”徳”とは何か、知恵とは何か、ひとりひとり、日々学び考え行動することから、始めてみよう!

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コメント

以上、品性下劣で捏造&差別が大好きな日本愛誤の、バカウヨの戯言でしたー

投稿: バカウヨハンター | 2014年7月 2日 (水) 11時57分

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