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2005年8月

2005年8月24日 (水)

赤い悪魔が日本を狙う(3)経済戦争と郵政民営化

戦争の三つの形態 宗教戦争、軍事戦争、経済戦争
経済戦争は最も有効で、平和の仮面を装い進攻する

都市型『新党日本』の結成!

ヤスオチャン、コーキサンを初めとする愛国っぽいネーミングで、ちょっと期待したくなるが、無所属のまま頑張る、平沼赳夫さん、城内実さんら、『人権擁護法案反対』議員の方々、オバサン、心よりご奮闘お祈りしてます。
郵政民営化とは、外資による略奪計画に基づくものと今更ながら騒がれてるが、スワ、反米、反郵政民営化と言うのもなんだか単純、ホントのところはどうなんだろう?
どうも、民営化後の株式会社の政府持ち株比率の保証があるやなしや、ってところがキモらしい。

今回の『年次改革要望書』以外にも『ネバダレポート』『金融ビッグバン計画』など、クリントン時代から構造改革を迫る強烈な要望があった。構造改革を今までごまかしごまかし後回しにしてきた結果、アメチャンもとうとう堪忍袋の緒が切れたってところなのかな。
改革は確かに必要である。また、いつの世も黒船の襲来なしに、島国日本人は泰平の夢から醒めることはなし。

そもそも、北米ハゲタカ種の列島を襲撃こそ、アメリカ本土にもはや喰うべきエモノがないと言う証拠なんだろ。200年以上前にヨーロッパの黒い森を巣立った赤い悪魔の手先ハゲタカ軍団、時計と正逆周りに進攻し、欧州、英国、そして米国を足場にたっぷり肥え太った群れは現在太平洋をわたり、もう一方の流れは東欧、シベリア、シナ大陸からと、それぞれが日本上陸を果たそうとしている。
ーだとしたら、郵政民営化後のハゲタカ軍団の狙い、その次にくるものもなんとなく想像できそう。

『主権が奪われた国家アメリカの悲劇 民間が所有する中央銀行』(ユースタス=マリンズ)

詳細な説明は省くが、これにはファンタジーの類いとされがちな『赤い楯』を紋章とするハゲタカ一族の世界制覇工作のための経済戦争のカラクリが、暴露されている。ロンドンから放たれたヒナが、アメリカを喰い尽くし衰退に至らしめた、ここ2世紀余りの世界の災いは、やっぱりある種の陰謀に沿って起こされているとしか、いいようがないのダ。

タイトルにある通り、1910年代以降、アメリカ政府と国民はすっぽり、ウォール街の占領下にある。
途中、秘密を暴こうとし暗殺されたリンドバーグなど、何人かの愛国溢れる議員もいたが、通貨発行権が政府から、FRBという民間銀行の株主たちに秘密裏に奪われてしまった途端、借金地獄は必然の帰結。
アメリカ政府と多くのアメリカ国民は、ハゲタカの虚構の繁栄を頂くだけの、永遠の地獄に幽閉された捕虜、奴隷ということだ。

*参考 無から通貨が想像され、国民が利息を支払う

政府が国債を発行し、それに応じた額を記した紙幣を銀行を装った印刷会社が刷り、市場に流通させる。
国債の利子は、そのまま国家の借金であり国民の税金として徴収される。この別名「タヌキ印刷」株式会社は、数を記した紙を国民という顧客に手渡し国庫から回収するが、差額がそのまま国家財政の赤字として計上され、国民の借金となるという、まさしく錬金術を弄する。
しかも、この印刷会社は、利率の決定権を持つ。
歩合のマジックによってダムから流す水量を調整し、市場を水浸しにしたり枯渇させたり、インフレ、デフレ思いのまま、さまざまな世界恐慌を起因とした戦争をも引き起こして楽しむ、まさしく、世界基軸通貨をドルとする我々も含め、タヌキに化かされた世界の住民ということだ。

現在の貨幣経済とは、”担保”は”信用”である限り、我々は意識せずとも、信仰の世界で生きている。つまり、、、

”国家への信仰”!

”国家とは国民を守り、いいことしてくれる”という”信仰”を前提に、我々は国家が発行する通貨で、安心して経済行為をなす。また、安全を国に預けるという生存権を一部委譲し、税金という貢ぎ物をする。 この、”信仰”なしには、無秩序な略奪世界に戻るかしかないのだ。

我々は今、日本政府=菊と、アメリカ政府=イーグルをご本尊とした信仰の世界で生きていると言えよう。しかしこのご本尊のひとつが、こっそりカルト教ご本尊のタヌキにすり替わっていたとしたら、どうする???

あれ、なんだか日本の某日蓮宗系団体と似ている構図だわ。。。

そう、、、世界の諸国も我が日本国も、他国との貿易を通して為替操作を通じて、夢が終わるまで、せっせとタヌキの葉っぱを貯め込んでいる!

では、郵貯簡保が民営化され、株主に外資が入ってくるとは、何を意味するだろ?

.....なんだか怖くなってきたぞ。

日本ご本尊の”菊印”付きの340兆円が、いつのまにか、
すべてがタヌキの葉っぱにすり替わるなんてこともアリ....?

”信仰”が真性の神に向かう限り、その国民を平和と繁栄に導く。反面、唯物主義や邪教を信望するカルトがカルトたる所以は、万民を混乱に導き、万民に奴隷の苦しみをもたらす。
3000年以上の昔、モーゼに導かれエジプトを脱出した数十万という民でさえ、黄金の牡牛を拝んでは神の怒りを買い、何十年という期間、砂漠を彷徨うという信仰の試しを受けたのだ。神が悪魔にすりかわるのではない。

まさしく、『狭き門より入れ!』
我々のゆる〜い心が神を見失い、タヌキを神と拝んでいることに、気づかなかったりするのだ。

ズブズブに葉っぱのお金に浸されたこの世界って、一体何〜?ーと、頭を抱え込みたくなる。
アメリカ建国の歴史を見る限り、彼らは少なくとも、敬虔で神を称える崇高な精神に満ちていたはずだ。ベトナム戦争以降のドラッグ、暴力、セックス、離婚、犯罪、マネーゲームに興じる現在のアメリカ国民は、我々が描かされていた栄光のアメリカ国民ではない。黄金の牡牛を祀っていたモーゼの民と重なるのだ。しかも、これはアメリカだけに限らない。同じ現象が世界各国に蔓延っている。

巻末の訳者藤原源太郎さんの解説をご紹介します。

経済主権の簒奪と日本国の崩壊
独立国と三つの主権

孔子は、国が独立国家といて成立するための条件に、重要順に次の3つの主権を定めた。

信=憲法に基づく司法裁判権
兵=軍の統帥権
食=経済>通貨発行権

これら三つの主権のうち、一つでも奪われた状態は既に独立国家ではない。ならば、戦後の日本は、米国に安全保障を委ね、ロッキード事件の裁判に見るように、名実ともに属国なのは明白。
そして、最期の砦が、日銀の通貨発行管理権という国家主権であった。

世界為替市場原理というものがある。国際的投機家の資本が国家の資本を優に超えるといわれる今、市場原理がいかに作為的になされるか想像がつくだろう。
日本は固定相場を放棄して変動為替相場に突入以来、何度となく経済的危機を乗り越えてきた。
ーが、重いボディブローのように未だ後遺症に苦しんでいる。
しかし、これこそが実は大東亜戦争後の、形を変えた、持続する日米経済戦争であり、攻撃の最終目標はモチロン、

日銀の民営化
民族主権国家の解体

を持って日本の完全占領宣言とするようだ。ーと同時進行している諸国の占領完了。

ウ〜ム、、、ハゲタカの古巣ロンドンを発信地とした、地球一元化、統一世界政府の樹立も、ただの妄想ではないような気がしてならない。



『占領下に置かれた民がどのような宿命を辿るか』
(p472より、要約)
アメリカの陰謀論の大家ジョン=コールマン博士が1981年の論文において告発。

”連邦準備制度とは、ハゲタカ一族が、アメリカ国民にしかけた経済戦争”

経済戦争は、宗教戦争、軍事戦争がともに長期持続が困難で莫大な費用がかかるのに比べ、もっとも効率的。 しかも、この経済戦争の結果、征服され隷属された民族は、自ら、より従順であり、また、協力的でさえある。 何故か?

捕虜としての自覚がないから!

捕虜たちは、ある程度の「移動の自由」、「信仰の自由」、「集会の自由」を享受できるし、民主主義という名の下に、数年毎の選挙にも参加できるという、茶番劇も用意されている。

しかし、奴隷であることに変わりないからには、貢ぎ物はしっかりと力ずくで取り立てられる。これは、合法的な「税金」という名前がついた、自発的な貢ぎ物である。

しかも、そうすることが、国民の共通の利益のためになると信じ込むように洗脳されている。
非課税の優遇措置を受けたおびただしい数の財団やシンクタンク、世論操作機関、それに政治家どもが国民をだまし、この方針をすっかり信じさせるのだ。

貧困にあえぎ、銀行強盗の人質になった人間たちと同じように、この、経済戦争の捕虜たちは、征服者に対して全くの敵意を抱かず、むしろ、解放者として、尊敬の気持ちさえ抱くようになる。

ときには、自分たちの生命を脅かすような行為さえ賛成してしまうのである。

コレ、戦後以降の日本のことでもないし、現在のイラクのことでもないのが、なんとも。。。。
冷戦構造期の、共産=平等主義に対し、自由主義陣営における赤い悪魔のもうひとつの顔が、まさしくコレか!

悪夢に終わりはあるのか?

神への信仰なき、『自由』と『平等』の二頭立て馬車に乗る者こそが、
赤い悪魔だったのだ。

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2005年8月21日 (日)

赤い悪魔が日本を狙う(2)右を見ても左を見ても...

「イクサだぁ〜っ!」
8日の解散宣言以来、「白勝て!青勝て!」の一気に日本全国、暑い夏の陣に突入いたしましたね。

マスゴミも連日、熱狂実況中継、カメやらブタやらライオンにカラス、前科者、犯罪者やら、いろんな動物魑魅魍魎が跋扈し、見てる分にはとってもオモシロ〜イ!
しかし、この選挙によって我々の行く末を託すことになると思えば、ほんとに自分の目と頭で確かめ一票を投じるべきなんだろが、ハテ、誰が沈没寸前の日本の救国の志士たるか、その真偽はますます見極めにくくて困ってしまった。
小泉主張は、とりあえず、とてもわかりやすかった。
郵政民営化は、全てにわたる構造改革の象徴であり、小さな政府への移行のステップであると。『小さな、、』が弱者切り捨てとか、どういう意味を含むのか知らねども、明治維新以来の中央集権国家体制をそれ以前の独自性ある藩体制に再び任せるということか?

この明らかな対極が共産党。唯我独尊、究極のドリーマー。
民営化反対、憲法改正反対、弱者救済の大きな政府。どこに源泉があるのかわからぬが、サスガ、嘘偽りのない、唯一確かな野党だ。

そして、位置づけとしてよくわからないのが、国民新党、民社党、社民党。
とりあえず、全党マニフェストが出揃ったが、改革は是、しかしやり方の違いウンヌン〜とか、中でも民主党は具体的な数字並べ、いかにもプロ意識を醸し出している。。。

しかしいつも残念に思うのが、民主党はいつになったら、大人の党になるんだろうかというコト!

頭でっかちな人が顕著に陥りやすいラビリンスから、未だ抜け出せずにいる。
技術論に拘泥する余り、本質を捕えられず有権者に夢を抱かせられない。
小泉信者を低IQ者、イメージ先行のポピュラリズムと揶揄するが、己れのイメージを客観視もできず、低IQレッテル張りに優越意識が透けて見えていることに気づかない限り、自民への批判票の受け皿としての存在価値しかないだろ。二大政党制なんて、カケ声ばかり。
「ネクストキャビネット」?、かつてのお騒がせカルト団体と同じレベルのごっこ遊びしてる暇ないだろうに!

読者はバカかもしれない。しかし、読者をなめてはいけない。どんな読者にもわかる表現力があって初めてプロなのだと、さんざん学んだ。
有名大学教授よりも、尋常小学校出の老婆の一言に真実が宿ることの方が多い。バカかリコウかを超える指数、それがEQかもしれない。「バカの壁」を超えろ!
一方、EQが高いものは決してEQが低い者をバカにはしない、それがEQのEQたるゆえんだろ。
支持率、人気が高い、イコール、大衆迎合型だけと即断する軽卒さに、危うさを感じる。謙虚さがあるなら、そこから学ぶべきことがあってもいいだろうに。

社民党に至っては、目玉の元俳優議員が逃げ出したこともあって、既に存続自体が???
カマキリみたいなオッサンと、見苦しいピンクやレモンイエローのスーツを着た党首や犯罪者がハシャぐ姿にマジ、反吐が出そうになる。
旧社会党が為してきた、さまざまなパチンコがらみの醜態、拉致問題の無視、売国行為をどう取り繕っても決して、我々は忘れないだろう。
そう、一般ピープルは、マニフェストより普段の議員の言動から、真相を読み解く力を持っていたりするのだ。かってのオタカブームなんて、穴があったら入りたいくらいの、我々の過去の恥辱だ。
一昔前なら、女性党でアピールできたが、小泉自民であれだけ女性候補を連立されれば、お株はイズコ?
80年代風のファッションで女性を強調、あれなら、ヤボでも地味な、働くオカン風共産党女性議員の方が、まだましヨ。

ドイチルドレン、フクシマミズホよ!
オンナを使いたいなら、もっとオンナを研究した方がいい。女性が同性議員に求めるのは、同じオバサンレベルの生活感に基づく親近感か、もしくは、女性としての憧れ、理想。
"かわいさ" "したたかさ" "優雅さ" "しなやかさ" ”上品さ” ”謙虚さ” ”抱擁”これらジェンダーとして”女性性”の徳目のオブラートで、スッポリ"賢さ”を何重にもくるむべきなのだ。

きっと、彼女らは、オンナにとって、「あの人、成績はいいんだけどね〜」が、最大の侮蔑表現であることを知らないで育ったんだろネ。オンナにとっての最大の褒め言葉は、”母の大地のような安心感と包容力”か、”賢婦である上流夫人”の控えめな強さだったりする。低IQのオバサンウォッチャーとしては、桜井よしこ女史には憧れるが、君等のようなオンナにだけにはなりたくないと思うんだよ。
ま、社民党に関しては、過去にもおもしろいエピソードがワンサカあるので、コチラでじっくりお楽しみください。
目と耳と常識を疑う発言がいっぱい、笑うのに疲れたら、心底脱力するが。。。

さて、小泉思惑によると今度の選挙を、郵政民営化賛成or反対の構図に当てはめたいらしいが、これは作為的というより、民営化そのものが複雑だから、有権者に訴える手段としては無理が生じる。
いくつか説明されているサイトを読んでみたが、専門的なことばかりで、やっぱりよくわからないというのが本音。しかも、これはどうやら、国内の問題だけでは済まないらしい。キィワードは、以下の通り。

財政再建、郵貯簡保、郵政公社、国債、財務省
ハイパーインフレ、財政投融資、米国債、FRB、石油ピーク高、不動産バブル

民営化は、世界情勢、特に経済面でも一心同体化したアメリカの国家財政とも深くリンクしているようだ。
数年前から、日本IMF占領とか国家破産本がやたら出ているが、それらによると、日本の国と地方を合わせた借金は、GDPの1.7倍という先進国ではダントツの悪い成績らしい。一方、郵貯簡保の340兆円は世界の4分の一の富を占め、貯蓄高は世界一。

おそらく外から見たら、金でできた畳に座りながら、それには一切手をつけず、せっせとカードで買い込んではローン地獄に陥り、ゆめゆめ自己破産の恐怖に喘いでいる、さぞかし、ケッタイな国に見えることだろ。
きっと民営化が、この虎の子の畳を剥ぐ大改造となるのではないかと思うが、ハテ、その後、金塊畳の住民である我々がどうなるのか、全く予測不可能なのもミソ。
無駄な買い物をせず運用で利益を計るという体質改善が構造改革なのだろうが、果たしてそれが功を奏するか否かは、八卦の神のみぞ知る、、、だ。

また、国内の体質改善後の日本の姿が、一番の懸案事項。
ローンで買ったものには、多量のドル、米国債という畳もある。世界の胃袋、消費借金大国のアメリカ借金経済を日本はずっと下支えしてきた。返済に困って、イーグル印の金塊畳を手放せば、双方の国債暴落という一蓮托生の地獄行き、お先真っ暗とか。
ましてや、世界には餓えたハゲタカが悠々と賭博市場の宙を舞い、間髪入れずに無垢なる金塊を狙う。それこそ、むざむざ喰ってくださいと餌を差し出すようなもの...?

しかし、無駄なエサになるくらいなら、預金封鎖されて財産税か貯蓄税とるか、収入税、消費税アップして、お国の存続のために没収された方がマシと思うのは、低IQオバサンだけであろうか?

それよりも、こんな低投票率の状態の一方で、ずっと国家に信用を置く貯蓄システムを利用し続ける事実の方が、オバサンには不思議でたまらない。
日本嫌いの国民が何で国の保障を疑いもせず、無盲目にせっせと郵貯簡保を利用しているのか。ーだったら、解約すればいいじゃないか、自分の身は、金銭ともども最低限自分で守れということ!
オバサンなんかはとっくに来るべき世界大恐慌に備え、損切り覚悟で生保の解約、郵貯の解約と引き出し、為替も不安定なら現物化と、あとは野となれ山となれの心境だ。

ところで、アメリカには、米政府の債務ゼロ解消法としての秘策米国債務削減基金というものがあるそうな。
別名、愛国者による政府救済基金とな。
国家の財政救済に、愛国心あふれる大金持ちに財産を差し出させるというもの。代わりに向こう何年かの税制優遇ってのも、合理的なアメリカらしい。
果たして、同じような状態に置かれたら今の日本のお金持ちは、どう振る舞うのでしょうか。

石油ピークの到来、生死をかけた見境ない争奪戦が、近海でも勃発しそうな雰囲気。
余りにもメディアで報じられることのない、日本や台湾を射程に定めた、中共の軍拡の危険性。イスラエルのガザ撤退。再浮上するイランの核開発。テロネットワーク。
世界的な不動産バブルもハジケ寸前。<ブッシュ-グリーンスパンショック>なんてのも秒読み間近?
壮大な花火の後、なんかしら、世界全体がデフォルトされそうなイヤ〜な予感。一挙に世界大恐慌〜世界的大戦に突入....なんて!

思い出すといい。イエスさまの時代から、一番蔑まれた仕事が、実を為さない取税人、高利貸しの民民だったことを。最期の祭りの花火師が何者なのか、わかるから。

。。。ため息しか出てこない。

いびつな形の地球、富が一極集中しすぎだたのだ。かって地球を何度も破壊できることが出来る核兵器の無意味さを説かれたが、地球をマルゴトいくつでも買うことができるほどの大富豪らは、虚しく銀河も射程内に治める気か?

”おごれる者は久しからず。盛者必衰の理りをあらわす”

現在の搾取型資本主義の「ジ、エンド」は、近い。永遠の神々の臨在を感じる者は、そう確信するのだ。

さて、今回の選挙。

まずは、財政再建のための具体策なしの”絵に描いた餅”福祉対策は、嘘っぽくてついていけない。
最重要課題として、自分の理解可能な範囲で選びたいと思ったら、郵政改革はさておき、拉致問題、国のあり方、安全保障への取り組み方に関心を持つ。
日本が日本の国家としてのアイデンティティと主権を強調するなら、個人的に『岡田民主』は絶対アウト。
機能不全の国連主義に安全を依存し、『東アジア共同体』の構想を持ち出し、アジア(シナ)共生、主権委譲、主権共有を謳う党は、既に終わってる。
この辺りの妄想加減を見ると、『民主党』は、ハナっから本気で政権取るつもりなんかないんだろうなと、思ってしまうんだが。
『東アジア共同体』なるものもまた、対極にいる靖国至上主義陣営とも共通の、かっての『大東亜共栄圏』構想と同じ根幹に基づく変化形であると、何故、IQの高い方々は気づかないのであろうか?

ならば、選択枝として、自民か、国民新党かの選択?はたまた第二の新党設立の気配もあり?

各論では、『人権擁護法案』と『外国人参政権』、推進か否か。教育問題も重要。
自民党公認の中にも、しっかりうまくもぐりこんだ議員がいる。
加藤、古賀、河野ラインは、言うまでもなく確信犯的なのは、周知の事実。
糞を踏むのを避ける如く、用心深く選択しなければならない。

昨夕の自民マニフェストにさり気なく、『新憲法の想定』とあった。
現在、イラクでも初めての国民選挙の後、新憲法が作成されている。
片岡先生が書いておられた。
明治維新、第二次世界大戦、戦争介在なしに新憲法の制定は世界の歴史上になかったと。
平和時の制定なら、尚更、それ相応の流血現象も至極当然。

"新しい酒には新しい革袋を!"

国家の脱皮に失敗したならば、亡国or戦争は避けられなくなるのが定めだろう。

ワタクシ的には、マニフェストは、これだけで充分。
金などくれてやるヨ(小銭しかないけど)、赤い呪いが解け、真に独立国としての誇りが新生できるのなら。
国さえあれば、一文無しでも焼け野原からだってやり直せるサと、8月15日、靖国に集った20万以上の人々を見て思った。

祖国を愛する心。同様に、世界中のどの国の国民の愛国心も尊く、尊重すべきである。その愛とは、過去に対する歴史に対する”感謝”と同義なのだ。

中には、小泉首相の靖国参拝公約違反を糾弾する輩もいる。
しかし、新しい酒造りは我々が、政治家はそれに見合った革袋を作るのが使命。
もっともっと多くの人を誘い合って周辺諸国の雑音を吹き飛ばし、まずは日本国の首相が参拝しやすい環境を整えるのがオバサンたちの仕事でもあると思う。
そうなれば、親米or親中?反米or反中?関係ないよね。重要なのは、

サタニスト(カルト、唯物拝金主義、悪魔信仰)vs世界中の神々への信仰者

言うならば、『神』を知るや否や? 『信仰心』を持つや否や?
モノのやりとりに伴う、随時の感謝ではない。
目に見えない過去への時間と、現時点での空間に対する感謝を”信仰”と言い、その信仰の対象が人智を超えた”神”という存在なのだ。

日本列島は、我々の古代の先祖が定住する以前よりあった。
創造主である神々も、我々の存在以前に存在するものである。
この大地に宿る神々も、我々が発見以前の太古よりあり、また、我々が意識しようがしまいが、あるものはある。人智を超えた存在、それが神々の概念。ニーチェが「神は死んだ」と宣言しようが、人間の都合で勝手に生かしたり、殺したりできる存在でもない。嵐の夜の北極星のようなものだ。しかも、

神々とは、信仰という行為を通してしか、認識できないものであるのだ。

つまり、信仰する者には認識でき、信仰しない者に認識できない。他人が追体験できるものでないから、一般的に証明できるものでない。あくまで、個人の固有認識に依拠する。

オバサンは、日本神道系における神々が万能とは思っていない。具体的な我々日本民族の信仰の形の経緯については、これまた機会を改めたいが、日本に生まれ、日本人として暮らせることを、心底幸せだと思う。
そして、過去二千年以上の幾多の歴史の中で、何回かに渡る半島大陸からの大挙とした渡来、帰化人を包容しながらも、美しい水と緑と豊かな自然に恵まれた伝統ある日本に生まれ住まう者として、まずは土着の神々、日本神道系の神々に、無条件に頭を垂れ、感謝を捧げることは当然の義務であり、儀礼であると思う。
今まだ、この恩恵を知ることのない、日本に住みながらも同じ夢を共有できない民族の方々も、必ずやその懐に抱かれることになるだろう。
これは日本の神々が決して排他的ではなく多神教世界観に基づく”寛容性”を持つからこそ、可能なのだ。多神教は一神教を包含できるが、逆は決してない。

神々とは我々の共通の理想であり、夢である。
日本に住む者が抱く共通の夢が、そのまま日本人の、国家のアイデンティティとなる。
しかもアイデンティティは、一定、不変ではない。探求すればするほど、変化し成長し、普遍へと向かい、変化し続けるものなのだ。
そうやって我々が新しい酒を仕込んで行く。そして新しい酒を捧げるたびに、神々も成長する。

ま、オバサンとしては、少なくとも無宗教施設などとのたまった議員だけは、パスすると断言する!

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2005年8月 7日 (日)

赤い悪魔が日本を狙う(1)

敵は同調者を求めている(『民間防衛』p228から、引用)

  • 国を内部から崩壊させるための活動は、スパイと新秩序のイデオロギーを信奉する者の秘密地下組織を作ることから、始まる。
    ........まずは、拠点作りってトコロ
  • この地下組織は、最も活動的で、かつ、危険なメンバーを、国の政治上層部に潜り込ませようとするのである。彼らの餌食となって利用される「革新者」や「進歩主義者」なるものは、新しいものを待つ構えだけはあるが、社会生活の具体的問題の解決には不慣れな知識階級<の中から、目をつけられて引き入れられることが、よくあるものだということを忘れてはならない。
    ........要するに、”世間知らずの進取気取りのインテリゲンチャ”な方たちが、手下としてスカウトされるわけ。
  • 数多くの組織が、巧みに偽装して、社会的進歩とか、正義、全ての人人の福祉の追求、平和というような口実のもとに、いわゆる「新秩序」の思想を少しずつ宣伝していく。 この「新秩序」は、すべての社会的不平等に終止符を打つとか、世界を地上の楽園に変えるとか、文化的な仕事を重んじるとか、知識階級の耳に入りやすい美辞麗句を用いて。。。
    .......次は、手下を徐々にマインドコントロールして、エージェントとして訓練する。
  • 不満な者、欺かれた者、弱い者、理解されない者、落伍した者、こういう人たちは、すべて、このような美しいことばが気に入るに違いない。 ジャーナリスト、作家、教授たちを引き入れることは、秘密組織にとって重要なことである。彼らの言動は、せっかちに黄金時代を夢見る青年たちに対して、特に効果的であり、影響力が強いから。
    ........更なるエージェント獲得。有名人を狙ってスカウトして、現状への不満分子をケムに撒くように、赤いウィルスを植え付けていく。
  • また、これらのインテリたちは、ほんとうに非合法な激しい活動はすべて避けるから、ますます多くの同調者を引きつけるに違いない。彼らの活動は、”表現の自由”の名のもとに行われるのだ。
    ........筑紫、加藤、、、TBS、テレ朝系のよくテレビで見かけるワイン片手に「ユートピア」を語るサロン左翼ですね。ソフトな語り口に、オバサンもコロリかもしれません。

以上が、『民間防衛 スイス政府編』から引用の、侵入者の手口だ。 では、次に以下の記事を見てほしい。 これは、昭和47年に中央学院大学の教授が偶然入手したと言われる秘密文書『日本解放第二期工作要領』だ。赤シナ政府が、いかに我ら日本国民に赤いウィルスをまき散らし奴隷化するか、その詳細&緻密な計画の全容。現在この計画が、かなりの功を奏しているのに、誰もが戦慄驚愕するでしょう!

『日本解放第二期工作要領』

人間の尊重、自由、民主、平和、独立の強調

ここに言う「人間の尊重」とは、個の尊重、全の否定を言う。

「自由」とは、旧道徳からの解放、本能の開放を言う。

「民主」とは、国家権力の排除を言う。

「平和」とは、反戦、不戦、思想の定着促進を言う。

「独立」とは、米帝との提携の排除、社帝ソ連への接近阻止をいう。

これら、赤いウィルスの4大特徴、『自由』『民主』『平和』『独立』のそれぞれに美しい言葉が、異なる意味に引用された場合、いかなる症状が引き起こされるか、現在に日本を見れば、容易に想像できるだろう。 獣と化した人間から成る日本。国家として抵抗意識の全くない日本が、アメリカとの同盟を拒絶すれば、次なる赤い悪魔のエジキとなるのは、いとも簡単。 まさしく、かつて支那大陸でイギリスが、アヘンを使って内部から弱体化させ清国が崩壊したように、国民の質の低下がそのまま国力と比例し、無血で国家が乗っ取られることも可能なのだ。

さて次に、この赤いウィルスをどのような作戦で撒かれるのか、見てみよう。

まずは、シナのイメージアップするために、文化、芸術、スポーツを武器として、民衆から警戒心を奪い親近感を持たせる。これは、某NHKをはじめとして、偏重しすぎるくらいの古代シナへのロマンをかき立てる番組編成にも見られれし、各種展覧会、イベント、女子十二楽坊など、文化芸術に触れる場合は、現在のシナの現状を良く知った上で、現在の中共政府とは全く異なるものだと、しっかり肝に銘じておくべきだろ。

次は、民衆心理を誘導し世論を作るために、完全にマスコミ支配し、利用していること。
我々が、そのほとんどの情報を、電波を垂れ流しするテレビから、受けているのはまぎれもない事実。赤のエージェントと化した評論家、コメンテーターが語る、美辞麗句を見破るのは至難の業。
これには、まずは全てを疑い、沢山の情報を仕入れ、真実は何かと追求する姿勢を持ち続ける、自分自身の視点を見つけるしかない。そして、視点も変化しつづける。謙虚さも必要だ。
この時、赤い悪魔が掲げる4つの条件と反対のものをチェックするようにすれば、良い!

つまり、

  • 責任を伴う自由=本能、物欲からの解放、道徳を重んじ、精神性を重んじる。
  • 国を愛する国民による民主主義=日本の文化と歴史、伝統を共有し、尊敬する心
  • 平和は自分たちで守るもの=国家の領土、主権をおびやかす者には断固抗議し戦う決意
  • 同盟国との信頼関係=国際社会における日本の立場を絶えず考える

以下、資料です。(『国民新聞』徳富蘇峰刊 より)
http://www5f.biglobe.ne.jp/〜kokumin-shinbun/




(群衆掌握の心理戦)

  • 駐日大使館開設と同時になされなければならないのは、全日本人に中国への好感、親近感を抱かせるという、群衆掌握の心理戦である。
    好感、親近感を抱かせる目的は、我が党、我が国への警戒心を無意識の内に捨て去らせることにある。
    これは日本解放工作成功の絶好の温床となると共に、一部の日本人反動極右分子が発する
    「中共を警戒せよ!日本支配の謀略をやっている」との呼び掛けを一笑に付し、反動極右はますます孤立するという、二重の効果を生むものである。
  • 中国の書画、美術品、民芸品等の展覧会、舞劇団、民族舞踊団、民謡団、雑技団、京劇団の公演、各種スポーツ選手団の派遣を行う。
    第一歩は、日本人大衆が中国大陸に対し、今なお持っている「輝かしい伝統文化を持っている国」「日本文化の来源」「文を重んじ、平和を愛する民族の国」というイメージを掻き立て、更に高まらせることである。

(マスコミ操作)

  • 大衆の中から自然発生的に沸き上がってきた声を世論と読んだのは、遠い昔のことである。次の時代には、新聞、雑誌が世論を作った。今日では、新聞、雑誌を含め所謂「マスコミ」は、世論造成の不可欠の道具に過ぎない。マスコミを支配する集団の意思が世論を作り上げるのである。
    偉大なる毛主席は「およそ政権を転覆しようとするものは、必ずまず世論を作り上げ、先ずイデオロギー面の活動を行う」と教えている。
  • 田中内閣成立までの日本解放(第一期)工作組は、事実でこの教えの正しさを証明した。日本の保守反動政府を幾重にも包囲して、我が国との国交正常化への道へと追い込んだのは日本のマスコミではない。日本のマスコミを支配下に置いた我が党の鉄の意志とたゆまざる不断の工作とが、これを生んだのである。
    日本の保守反動の元凶たちに、彼等自身を埋葬する墓穴を、彼等自らの手で掘らせたのは、第一期工作組員である。田中内閣成立以降の工作組の組員もまた、この輝かしい成果を継承して、更にこれを拡大して、日本解放の勝利を勝ち取らねばならない。

*細かい箇所は、個々に参照してくださいね。


中国共産党「日本解放第二期工作要綱」
* http://www5f.biglobe.ne.jp/〜kokumin-shinbun/S47/4708/470801Achina.html

(〜kokuminの〜の部分を半角にしてください)

A.基本戦略・任務・手段
* http://www5f.biglobe.ne.jp/〜kokumin-shinbun/S47/4708/470801china.html
(〜kokuminの〜の部分を半角にしてください)

 A−1.基本戦略
 A−2.解放工作組の任務
 A−3.任務達成の手段

B.工作主点の行動要領
* http://www5f.biglobe.ne.jp/〜kokumin-shinbun/S47/4708/470801Bchina.htm
(〜kokuminの〜の部分を半角にしてください)

第1.群衆掌握の心理戦
 1−1.展示会・演劇・スポーツ
 1−2.教育面での奉仕
第2.マスコミ工作
 2−1.新聞・雑誌
 2−2.テレビとラジオ
 2−3.出版(単行本)
 2−4.マスコミ部を設置し、諸工作を統轄
第3.政党工作
 3−1.連合政府は手段
 3−2.議員を個別に掌握
 3−3.招待旅行
 3−4.対自民党工作
          A.基本方針  B.手段
 3−5.対社会・公明・民社各党工作
          A.基本方針  B.手段
 3−6.「政党工作組」で統轄
第4.極右極左団体工作
4−1.対極右団体工作
4−2.対極左団体工作
第5.在日華僑工作
 5−1.華僑の階級区分
 5−2.工作の第一歩・・逃亡防止
 5−3.工作の第二歩・・青少年把握
 5−4.国籍の取得
 5−5.中国銀行の使用を指定
 5−6.政治・思想教育
 5−7.「華僑工作部」で統轄

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2005年8月 6日 (土)

既に戦時下! 沈黙の兵器に注意

『憲法を守って、国を滅ぼそう!』という世の中にしないための提言

戦後の洗脳プログラムには、朝日、毎日をはじめとする大新聞や岩波書店なども、加担してきたことは、歴然とした事実である。最近早速、一面の新聞広告に

『憲法をかえて戦争に行こう という、世の中にしないための18人の発言』

という、広告が出た。この18人ってのに、著名人がズラリ。

井筒和幸 井上ひさし 香山リカ 姜尚中 木村祐一 黒柳徹子 猿谷要 品川正治 辛酸なめ子 田島征三 中村哲 半藤一利 ピーコ 松本侑子 三輪明宏 森永卓郎 吉永小百合 渡辺えり子 

この広告は、改憲=戦争に直結させるイメージをいかに国民に植え付けるかを意図した、沈黙の武器である。
まさか、この方たち、平和憲法を守っていれば戦争に巻き込まれないと、本気で信ずるほど馬鹿とも思えないから、何かしらの確信犯なんでしょうね。

憲法変えて、しっかり軍装備して中立を守る、自立する、どの戦争にも巻き込まれない、東洋のスイスになるってんなら、まだわかるけど。歩むべき道なら、そっちの方向でしょ?
平和の権利を主張すれば、国から、平和が与えられると思っているのかな?
でも、平和が脅かされるのは、他国が侵入した場合だよ。保証は、他国にお願いするしかないの。この矛盾、どうして気づかないんだろ。孤高を貫くなら、国民、政府ともにそれなりに覚悟がいる。
それもいやだから、国がなくなることも承知で、ダダこねてるだけ。国がなくても生きていけると思っている人たちだろう。

ーでは、何故この方たちが、ダダだと知りながら、軽々しく「平和」などを唱えるのだろう?

そこにも、恐ろしいカラクリが隠されていると、言えよう。

実際に武器を使用して、国家を侵略するだけが、戦争ではない。
『沈黙の兵器』と呼ばれる兵器で、一見、平和の中で静かに進行する戦争があるのだ。
その中でも、代表的な兵器が、なんと、美辞麗句で飾られた国家内部の『反戦運動』なのだと言う。
侵入国への敵意、戦意の喪失、別名、『てなづけ奴隷化工作』とも呼べよう。
目指すは、全体主義という新秩序だ。

これは現在、半島にて、現在進行形で起こっている現象である。
同一民族であると油断させ、文化、経済、歴史の共有を交流し、相手国への恐怖、危機感を奪っていく。
もし、半島有事が起きたら、韓国は、北と戦わず、米軍や日本の自衛隊をやっつけると、言ってのけた。米韓同盟の破棄、自ら、米国から中国の核の傘下に入るとも。
韓国は、いまや完全に赤いウィルスに犯され、北の指導の下で、統一されることになるのだろう。
北は『主体思想』(チェチェ思想)、シナは、『中華共産主義』、このふたつの赤いウィルスは、既に半島を席巻し、今、日本列島の至るところで、猛威をふるっている。

suis
誘拐犯を思い浮かべると、いい!
いかにも、コワモテのオジサンではなく、時には広告に見られる18人のように、りっぱなオジサン、やさしそうなオバサン、奇麗なオネイサン、かっこいいオニイサンの顔して、甘いお菓子、おいしいお酒、美しい音楽、お芝居、すべてを武器として携え、手なづけていく〜!
ネ!”ヨンサマ〜”なんて、呑気に飼い慣らされている場合じゃないでしょっ!!

今、日本は、GHQの洗脳プログラムの後、微妙に性質を変えながら、次なる戦争に移行していると言えよう。
これに気づかないと、とんでもない、取り返しのつかないことになる。まさしく、この『沈黙の兵器』を使った思想戦争が、侵攻しているのだ。

『嫌韓流』と同時に、『民間防衛 スイス政府編』が今じわりじわりとベストセラーになっているそうだ。
これは、以前のブログにも書いたが、永世中立国スイス政府が、全体主義という赤い悪魔から、自国の平和と安全を守るために国民へ警告する危機管理マニュアル。
ここに『戦争のもうひとつの様相』として、いくつか挙げよう。

『戦争のもうひとつの様相』
裏切り
敗北主義と平和主義
愛情をよそおう宣伝
威嚇による宣伝
経済戦争
スパイ行為
破壊活動
政治機能の解体
テロ
クーデター、外国の介入

引用する形で、これから以降、何回かに分けて、いくつか、紹介していきたい。

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2005年8月 5日 (金)

大東亜戦争は 自衛戦争!

「正義」か「報復」か これでわかる東京裁判
大東亜戦争は、自衛戦争だった。。。!

8月1日の産経新聞の特集は、永久保存版もの。
今まで公に出ることがなかったような事実が、見開きで一挙に掲載。「ひと目でわかる大東亜戦争の秘密」ってとこか。その後の『歴史の自縛』シリーズでも毎日、どんどん強気で情報公開してる、どうしちゃったんだろうってくらい強気だ。

我々は、洗脳されてきた!
戦後のGHQ占領軍の洗脳プログラムによって!
新聞、書物、報道、全てのメディアによって、ないものをあると、あるものをないと、事実を覆い、嘘を捏造し、今お隣りの国らが、我らに押し付けようとしている捏造歴史を鵜呑みにして、国民すべてが自虐に向かうように、細工されてきたのだ。
しかし、その後60年間にわたって、ウィルスが自己増殖するように国民自ら、歪曲された歴史を信奉するようになったのは、やはり自己責任であろう。

それにしても何故、今頃、こんな機密文書がドシドシ公開されるのか全く不思議だが、きっと、正義の女神の微笑みに良心に駆られた人たちが、現在の日本の危機を憐れんで、メンツかなぐり捨てても応援してくれているんだと、とりあえず思うことにしよう。

今発売中の『WILL』9月号でも、『東條英機宣誓供述書』の一部が公開され、完全版『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』発売予定、ワクワクする。
東條英機元首相のお孫さんの由布子さんを何度かテレビでも拝見したが、60年間もただひとり、敗戦責任以上の罪を着せられたおじいさまの名誉を守るために、国民のほとんどを相手に戦ってこられたのを思うと、その勇気に涙する。
もし、自分が由布子さんだったらと思うと、そんな60年間も強い意志も持ち続けられるかどうか、自信がない。東條英機元首相は開戦を決意された時、ひとり、布団の上で大泣きされたそうだ。
当時の、ABCD包囲網という世界の濁流の中で、昭和天皇のご意思に反し、国家の存亡をかけて戦争に踏み切らざるを得なかったことに。
あの時負けを覚悟でも戦っていなかったら、とっくにハワイと同じように日本という国は亡くなっていたし、アジア諸国の独立もなかったのだろう。正義でも、平和のためでもなく、ただ、自衛のための戦争だったのだ。

チャンネル桜で、戦死された若い兵士のひとりひとりの写真が、ただ流されている。
火の雨が振り、多大な民間人が犠牲になったシーンは繰り返し報道され戦争の悲惨さを訴えはすれど、それと同時に前線で、日本を守るために必死で戦い散っていった兵士たちの存在の意味を語ることは、一度もない。いや、許されなかったのだ。

彼らは、軍部に脅され、天皇の臣民と騙され、死ぬために戦地に赴いた犠牲者だったかのか?

バカバカしい!そうだったら、とっくに日本は降参していた。

いくつかのサイトで、フラッシュ劇場があるので、是非、ごらんください。日本がいかに苦悩しながら、戦争に突入せざるを得なかったかわかります。

大日本帝国の最期

極東国際軍事裁判

とにかく戦後、国民全体が自分たちの戦前過去を全否定するよう仕向けられた洗脳が融け、我々子孫に日本を残すために戦い散っていった兵隊さんたちに、素直に感謝できる、そんな当たり前の国になればいいと思う。
多少の雑音もあれど、それこそ洗脳プログラムの被害者だったと思えば、アワレ。。。やはり、涙が出ちゃう。

しかし、何よりも心配なのは、洗脳が子供たちにも繰り返し、繰り返し行われ、更なる増殖をしていることだ。

〜空と君とのあいだには 今も激しい 火の雨が降る〜?

〜君らが笑ってくれるまで ボクらは もっと強くなる〜

家族に病人抱えているようなものだから、反目することなく、勇気を持ってやさしく治療してあげましょう。
ウィルスを撒き散らかす確信犯には、勇気を持って闘おう! そして、子供たちには、洗脳から融けた大人ひとりひとりが、現在、歴史への国を守ってきてくださった方々の感謝を語っていかねばならない。

愛国と声高に叫ばなくても、国の過去を愛し、未来の子孫たちにも愛される国にしたいだけ。それは、他民族国家であれど、どこの国でも同じでしょ。

治療薬となる書籍をいっぱい読んで、彼らへの愛に変えよう。

戦争原因がわかる参考書籍一覧*
『ヘブライの館2/大東亜戦争の舞台裏』

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2005年8月 3日 (水)

ヒロシマ 赤い呪いの森

過ちは「繰返しませぬ」....? とは、一生の十字架を背負わせるための洗脳プログラムだ!

終戦記念日を前に、また、ヒロシマの原爆慰霊碑が傷つけられたとの報道があった。

「過ちは…」の原爆慰霊碑削られる 広島、男が出頭
2005年07月27日 朝日新聞

碑文内容「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」を巡っては、1952年の除幕式以来から論議があったようだ。主語のない「過ちは繰り返しませんから」というのは、原爆落とされた側の日本が「なんで反省?」と、どう考えても妙な感じがする。何故、わかりやすい

”過ちを繰り返させない!そして、繰り返さない!”

ではいけなかったのだろう。

何やら自虐史観のルーツを見るようでもある。
先日日曜、朝からのTBSテレビ番組で、関口ひろし、江川紹子両氏がこの事件に遺憾を唱え同調。
『己れに全く罪がない者だけ、この者(マグダラのマリア)を打て』ーを気取りイエスの真似事をしたいのか、マコトにおめでたい”勘違い博愛主義”の面々だ。

過去の論争の中でも、東京裁判の日本自衛戦争擁護で有名なパール判事の抗議が特筆。

パール判事:
「ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落としたのが日本人でないことは明瞭である。落としたものの手はまだ清められてはいない」

これに対して碑文を考えた広島大学教養学部 雑賀忠義教授は、次のように反論している。

雑賀教授:
「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰り返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない」

その後、英文訳で主語を”We"(私たち、世界人類)とし、一件落着したかのようだ。

Let all the soul here rest in peace For We shall not repeat the evil.

しかし、これでなんで納得できるんだ? いいのか?ホントに?それで、ヒロシマ市民!
どう考えても、慰霊の精神からは程遠い!
釈迦の『毒矢の例え』って話を知らぬのか?
目の前で毒矢で倒れ苦しんでいるものがいたなら、ゴチャゴチャ頭の中で毒矢の分析せずに、まずは毒矢を抜き、痛みを和らげることが先決だろう?これじゃあ、絶対、被爆者は浮かばれないぞ!

まずは、「謝ってっくれ!」それからだよ!自己反省するのは!

数度と繰り返される今回のような事件は、大勢の人がずっと沈黙を守りつつ納得のいかぬ気持ちを抱いていることの証拠でもあるだろ。
原爆を、”人類の根源的な戦争という残酷な習い性”=”人類全体の業”とする論法は、その後、絶妙なタイミングで社会党共産党などの反核反戦運動、平和運動とも結びついてしまった。
大東亜戦争の日本の贖罪意識を刺激する側としては、こんな都合の良い解釈はないのだろう。

しかし、なんか、オカシイ、なんか変だーと思ってたら、やはり奥に潜む怪しげな思考法が見えてくる。
ハッキリ言おう、これは、

カルトの”呪い”である!

政治的平和運動の衣をまとったカルトである!

これによって、『南京』『侵略』の呪いの言葉とともに、人類最悪最大の贖罪意識を原罪として、日本人に植え付けることに成功してしまっっているのだ!

しかし、生まれ堕ちた時からの原罪を、『アーメン』『南無阿弥陀仏』『清め給え』の神仏の介在一切なく、一体どのように許しを得、原罪を贖えるというのかァ〜ッ???

考えてもみよ!
(1)前提:「人間は他人を殺す生き物である」(残虐性を内包)

(2)事象:「それ故、今回、起きた事件は我々の業に従い起きた事件であるから、被害者加害者を問わない」

(3)結果:「我々はこれを繰り返さないないように、誓おうではないか!」

結論:誓ったところで、前提を性質に持つ者が、前提を覆すことは決してできない。永遠の自己矛盾に投げ込まれるか、それを変更するには、人間を超えたものの力=神を必要とする。
では、その神とは。。。。。?

.......残念なことに、我々は”罪”をキヨメられても、”原罪”から人間を救う神を持たないー と結論せざるを得ない....

日本神道でも、業の概念のある仏教でも、人間を、神仏の性質を具有する者とみなす。我々には、”原罪”という概念がないのだ。ならば、我々は戦後ずっと、ワクチンを持たない”原罪”ウィルスに犯され、暗い森で狂気を抱えて彷徨わされていたのではないか。。。。?

”原罪”は、実にユダヤ-キリスト教的な概念である。太平洋戦争を思想的側面から見れば、信長〜秀吉時代に一度上陸しかかって水際で堰とめられた西洋的思想の捲土重来とも捕えられると思う。
さて、ではその”原罪”ウイルスに、犯された日本人の行方は。。。。。?

被爆者を人類の全ての業を背負う屠られた羊に例えるなら、我々は我々の”良心”を担保に取られていることに等しい。永遠の”贖罪”という暗い森に、封じ込められたのだ。
しかも、その暗闇から脱出しようとする試みは、”良心”を手放すこと(つまり、悪魔になること)でありし、おまけに森を取り巻く外界は、”原爆の追体験”という”恐怖”が支配している。
これでは、”原罪”という暗い森の中で、自分の影に怯えつつ自分の影を踏み続け、永遠に哀れなダンスを踊りつづけるしかないだろ。

しかし、何のことはない!
よくよく見れば、これ、”恐怖”と”贖罪意識”のセットで、人を支配するやり方で、実は、東洋のイエスを詐称する典型的なカルト宗教に見られる洗脳法と、ピッタリ同じだったりする。原罪からの救いは、神様以外に悪魔に頼むこともできるってわけだ。

カルトは、我々の自己保身という欲望に根付く、さまざまなモノを担保とする。
物欲、現世利益を担保とするラディカルなカルトと、贖罪意識、良心を担保とする深く浸潤するカルト。また、”搾取感”を担保にしたカルトが共産主義だったり、”超能力”を担保にクーデターまで興したカルト団体もあったり、担保の種類によって、闘争、集票、珍味売り、蛙飛び、奇行、集金、踊るダンスのステップも様様だ。しかも、表向きは、宗教だったり、イデオロギーの衣をまとったり、マルチ商法やセミナーの形を取っていたりと、とても紛らわしいことも確か。

だが、必ず、”森の外は恐怖”として、閉ざされた空間に閉じ込めるという、洗脳プログラムを使うのは、共通している。
これが、”悪魔が提示する救済法”=”カルト”だ。

一方、昨年、メル-ギブソン監督の『パッション』という映画があった。

キリスト最後の12時間を、聖書の記述に忠実に再現したものだ。
鑑賞前に食事はするなとの触れ込みがあるくらい(もどすから)。イエスの受難のリアルな再現に、自分の罪業の深さをも重ね見る、さながら、ホロコースト記念館や、広島の原爆資料館で我々が原爆の被爆者の悲惨さを追体験するのと同じなのだろう。

しかし、『パッション』を途中で見るのを辞めた観客は、おぞましい恐怖だけが記憶に残る。

生命力のある者は自力で吹っ切れるだろうが、そうでもなく良心に繊細なる者は、ことあるごとに悪夢にうなされるかも。自分の無意識下の、底なし沼のような原罪の蓋をあけてしまからだ。

そう言えば、昔の修行僧に、断ち切れない煩悩の苦しみの果て、視覚から来る誘惑を断つために、それこそ、自分で自分の目を潰すという自称行為を行う者もあったほどだ。
目が悪さするなら目を潰し、口が嘘をつくなら舌を裂き、評判が気になるなら耳を切り落とす。底知れぬ恐怖に捕われた者にとって、感覚全てを失っても心に襲い来る幻影との最終的は対決法は、このように己が存在を抹殺するか、救いの神を求めるか、もしくは、、、、、脳を真っ白に洗うことしかない。

つまり、、、煩悩の発生場所、心的作用を破壊すること、脳を初期化することだ。

そうして、デフォルトされた脳に、新しいプログラムを組み込めば、洗脳(brain wash)完了!
新しくインストールしたOSで、奴隷でも、戦士でも、闘争家でも、お好み次第にプログラムできる。
自分の頭で考えるという、精神的作用のオペレーションを放棄した時、やっと、苦しみから解放される。舵取りを全て他人(悪魔)に委ね、操り人形としてそれは安らぎの平和が、得られるということだろう。

『パッション』の場合は、敬虔なカソリック教徒メル-ギブソンの信仰告白の映画であり、観るなら絶対、最後まで観るべきだ。
原罪の苦しみからの解放として、どのように神の救いが働くのか、わかるだろう。ま、クリスチャンになることもあるかもしれませんが。。。。

それは映画のラストシーン、
釘を打ち十字架に架けられ苦痛のイエスがそれでも天に向かって、絞り出すような最後の祈り。

『父よ、、、彼らの罪を許したまえ。彼らは自分がしている事の意味がわからないのです。。。。』

。。。。。。ジ、ジ〜ン。。。。!!!(涙。。。。。)

この偉大なる言葉だけでも、異国のイエスさまは、個人的にmadamの神のひとりになるのだ!

断末魔の際にも、神の子として神の国を信じ、全くの無私なる心で我らの罪の許しを神に乞う。クリスチャンでもない者が言うのもなんだが、ここにイエスの”許しという救い”の本質が、全て集約されているのではないだろうかと思う。
しかし、ここで間違っちゃいけないのは、有名「汝の敵を愛せ」。無盲目に敵を許すことではないし、悪魔と手を結ぶことでもない。敵を愛すると、悪を助長させ甘やかすのは違う。羊の群れにオオカミを放つバカはいないと思う。
イエスは、ユダを追放し、またエルサレム神殿内の商人たちを神を汚す者として糾弾しているし、パリサイ派との対決、荒野での悪魔との対決もしている、神の愛には、悪を止める勇気もあるのだ。神への疑念を吹き込み、積極的に堕落を誘惑する者は、断じて許さない。
イエスの言葉は一環して、我々自身が罪にきづき、素直に神の前に膝まづき、悔い改めをすすめるのだ。

まさに”罪を憎んで人を憎まず”!よって、キリスト教精神に立っても、パール判事の言う『落としたものの手はまだ清められてはいない』とは、やはり正しいと思う。

暗い森の中でも、イエスを信じることによって、信仰の道に入り、悔い改めを重ねることによって、死後に”原罪からの解放”=”天国という森の外” 、ーというカタルシスを得るのが、キリスト教的な考え方。
これは森の外を、”地獄”=『恐怖』とし、永遠の暗黒に閉じ込めるカルトとは、対極にあることに気づかれると思う。

また、日本でも戦乱続きの鎌倉期の世の中に絶望し、この世を”穢土”、天国を”浄土”とした、浄土思想があった。この西方浄土におわすのが、イエスさまのような『阿弥陀如来』。
庶民は、戦乱続きの娑婆で生きる術として、麻薬を打つように浄土を夢見、念仏を唱えた。原罪と思えし抗いがたい現実を見つめるという点では、キリスト教と浄土信仰は、同じような構造を持つ。
余談だが、禅宗などの自力門的悟りと、浄土宗などの他力門的慈悲は、そのまま近代の、自由と平等の概念が根底にあるようで、おもしろい。
しかし、仏教の根本は、あくまで、悉有仏性(シツウブッショウ)といって性善説サイドに立ち、業と原罪は、似て非なるもの、浄土思想は仏教では異端的な思考法だ。

以上からつくづく考えると、碑文の内容は慰霊の意味を超えて、実は日本民族の精神構造の”罪の概念”のあり方を問う、けっこう根幹的な命題だったのではないかと思う、今日この頃。。。

まずは、原罪を受け入れるか、受け入れないか?
これは、イコール、性悪説か、性善説か?多神教か一神教か?かも、同時に問われている。

受け入れるなら、早急に一神教的な神を必要とする。でなければ、日本はこのままカルト国家として滅びる!
しかし、それで”救い”は得られたとしても、原罪を正当理由に闘いも是とする可能性もある。これすなわち、ユダヤ-キリスト教圏、イスラム圏の一神教圏の争いへの参入を意味することもお忘れなく。
その覚悟、ありやなしや?

原罪と見なさないなら、まずは碑文の変更を即刻、断固、要求していくべきだ。
アメリカに対し、原爆投下の人道的な意味での正式謝罪を要求する世論を作らねばならないし、自己反省として、戦犯と言われている方、靖国神社の存在の見直しも関連してくるだろう。

原罪でないなら、<戦争=悪><靖国=戦争><愛国=戦争><宗教=戦争>という刷り込みを払拭し、<戦争=自衛><靖国=愛国>とし、日本の歴史伝統文化の継続発展に努力していく姿勢を正さなければならない。
戦中〜戦後の歴史本は、今続々と当時、発禁処分だったものが発売されている。支那事変〜大東亜戦争〜太平洋戦争の昭和初期〜中期までの陰塀されていた事実を、大人こそがもう一度、しっかり勉強し直さなきゃなりません。

しかし、そもそも本来、日本神道系や仏教の性善説を精神的バックボーンを持つ日本人が、なんでこんな世にもいまわしい、人格崩壊に匹敵するような、最悪な原罪罪悪思想に染まってしまったのでしょう?

全ては、”戦争に狂奔する狂気をはらんだ日本”というイメージを全国民が持ち、戦前の日本を全否定したことから始まることは明らかだが、これには、涙をそそるほど哀れな、なんかしらの悪意が働いていたという事実がある。

戦後、意図的に仕組まれた『洗脳プログラム』があったことをご存知であろうか?
これは、戦後のGHQによる占領期における詳細な洗脳プログラムで、

『WAR GUILT INFORMATION PROGRAM』

ーと、呼ばれるもの。
これによると、恐るべきことに、我々の戦前の歴史は、真実は陰塀され、都合の良いほうに書き換えられていたのだ!
戦前〜開戦〜戦時中と、日本の正当性を訴える記録は、すべてGHQによって検閲され発禁処分とされた。
パール判事の『日本無罪論』は有名だが、真相は手っ取り早く言うと、当時のアメリカ政府にも、日本政府内にも、スパイのような共産主義者が多数いて、国境を超えて、戦後の日本に赤い呪いをかけたというところ。
アメリカを恨んではいけない。アメリカのみならず、世界に散らばった赤い魔女の手下たちが為した業なのだ。

しかし、呪いというものは、呪いだと見破った時点で、効力を失う。
まさに、パール判事の予言のようなお言葉、「〜時が熱狂と偏見をやわらげた暁に〜」「〜理性が虚偽から、その仮面をはぎ取った時〜」に、正義を計る天秤を持つ、真実の女神が微笑むのだ。

赤い魔女の呪いは、いまや融けつつある。
テレビ、新聞のマスコミ界には、確信犯的な魔女の下僕がまだまだ跋扈はしているが、恐れるには足りぬだろ。事実は事実。真実は真実。
嘘は、真実の前には、ただのゴミにしかすぎないし、イバラで覆われた暗い森にも徐々に光が刺し、そこが我ら本来の、光と緑と水の溢れる美しい土地であることに気づくだろう。

いやはや、コレって、第二の明治維新なんてもんじゃないっ!
まさしく、60年間も、岩戸にお隠れになっていた女神アマテラスさまの、第二の『天の岩戸開き』なのではないかと、感涙してしまいそうです!

思い出しましょう。
我々は、エデンの園から原罪故に追放された、アダムとイブの末裔では決してない。
黄金の稲穂が揺れる美しきこの大八島の国日本を、嬉々として喜びのうちに二人力合わせてお造りになった、ナギとナミの末裔なのだ。
本来、無原罪の、辺り一面に光が満ちあふれた、天が照らす、土地の民であったことを忘れちゃいけない!

では、しばしお隠れになっていた、洗脳ウイルスに対する抗体を身につけ、パワーアップされた新生アマテラスさま(天照大神)を呼び戻す方法とは。。。?

やはり、同じでしょうね。
『鏡』と、しめ縄と、力男と、ウズメ。

これが何を意味するか、、、、ではでは、日本神話をもう一度、ゆっくり読み直してみましょうか。

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