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2007年2月

2007年2月15日 (木)

ロスト in 北京

六カ国協議合意、ナンダ、コレ?ゴネたもん、勝ち〜ってカンジの落ち。
出来レースを見せられているかのようにシラケてくる。二人でも話がまとまんないことあるのに、それが三人、四人、、、六人となると、モォ〜ッ!やっぱ、”対話”って、ただの絵に描いた妥協だったんだね。

フツーに考えて、一度手にした核クラブのメンバーズカード、金さん、たやすく手放すなんてことないだろ。この程度の結着が欲しくて、世界の嫌われ者演じたんじゃないだろうし〜。
..... いや、そもそもほんとに核保有しているんだろうか......?イヤ、一部には90年代にはとっくに核を持っていたって説もある。それとも核廃棄したと見せかけて実は、、、ナンテ、今後も、アッと驚く展開が用意されているのか....? ム、ム、ム、妄想は尽きぬ〜ゥ。

国内の報道は、相変わらず、全く当てにならない。
「核施設の廃棄?放棄?停止?休止?封印?」新聞の表記も、いまいちよくわからない。他の国の記述もまちまちで、どれが本当なのか、もう、わけが分からない。同じ日本語だって解釈によって、いかようにも取れるから、これが六カ国語となると、ワヤ〜ッ。きっとみんなして、好き勝手に解釈して『Lost in Translation』!

政府は拉致問題の進展がない限り支援はないとしているが、それって進展があれば、支援するってこと....?ちょっと待て。なんで拉致された方が、被害者を返してもらったからって、ホイホイ援助してやらなきゃならないの〜?人道的っていうのも、手ついて謝って今までの非礼を心から詫びた様子見せてくれて、まあ、米俵のいくつかならってのならわかるけど。
そこで、あっと驚いたのが、外務省発表の「初期段階の措置」中にある日朝関係!

しかも作業部会と称したのが「日朝国交正常化」.....?
ン.... ?拉致問題の解決ではなく、何で”国交正常化”なんだ〜?


(3)日朝
日朝平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための協議を開始する。(「懸案事項」には、拉致も含まれる。)

更に前提となる、『日朝平壌宣言』ってのが曲者。

『日朝平壌宣言』というのは記憶にも新しい、拉致を認めるという交換条件としてライオンくんと豚さんとの間に交わされたもの。コレはしっかり、日本鬼子原罪論を肯定してある。国交正常化の暁には、

”過去の不当な植民地支配”のお詫びし真摯に懺悔し、”無償の経済復興支援と人道支援”を展開する~

ということになっているらしい。ハア〜???


2.日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。

つまり、かっての日韓基本条約や日中国交正常化を機に、「謝罪しろ攻撃」のこの数十年、援助やODAという形で何兆円という我らの富が大陸半島に流出し続けるシステムに、もう一国が加わるということ....!?

ウソ〜っ!!
北鮮との国交樹立の暁には、我らは子々孫々にわたって、彼らに貢ぎ続けることになるらしい!!

しかし、これには更に裏のカラクリがある。金さんの巧妙なディプロマシは、どうも誰かに入れ知恵されているらしい。この辺りは、オヤコドンの陰謀論や原田武夫氏のブログのNo.15など一連を参考。

おなじみの国内の南北在日勢力、地下勢力、カルト勢力を通じて半島南から北廻りで、一気に北米大陸へと。リチャードコシミズ氏のこじつけのような陰謀論も、あながち嘘ではないのかもしれない。しかも党派を超えた彼らの走狗である政治家さんたち。三輪さんや、真名さんが揃って、安倍首相に対して激怒されてた。半島北における、彼らの仕込み完了。緊張が融けたところで、インフラその他の整備は、日本にお任せってことらしい。

アァな〜んだ!結局はまた、欧米資本にしてやられたってことなのネ。。。南北朝鮮半島ルートは、すなわち、欧米資本家への迂回献金ルートってこと!
我々は、国家の主権が犯され、国内には工作員やら売国奴が闊歩し、国民が好き勝手に拉致されても、何も為す術もない。しかも、日米同盟とは名だけの、なんの役にもたたないノータリン!?

やっぱ、こういうもん、いい加減破棄して、シナさまの核の傘にすり寄ろうか?そしたら、南北朝鮮、シナ、日本と、かつての大アジア、大東亜大共栄圏へと、アジア人でまとまろう!
ーてなこと、ブッシュ-アメリカが黙って見てるわけないよね。だって日本海には、竹島、尖角諸島など、火種がしっかり仕込まれている。シナさまの傘下に入るってことは、すべて好きにしてってことになる。

”国交正常化?”

きっとコンナノ、絵に描いた餅、きっと、更なるシナリオが用意されている-と信じたい。
北鮮問題など所詮、来るべき台湾有事の序章にしか過ぎないのだろう。そのために、日本海には、オホーツク海同様、日本海溝やマリアナ海溝よりも深くて大きな溝が、我々と大陸半島勢、ロシアとを隔てている。
そして、願わくば、太平洋にも。。。

片岡先生は、次なるご本を執筆中とか。こんなメッセージが届いた。


米中戦争をむかえてもアメべったりの日本は、自前の核武装を嫌うあまり、中国と戦争することをいとわないのか?(こんなバカなことある?)
〜日本核武装は不可抗力 対米独立の唯一の手段 〜

近い将来において、日本は必ず核武装することになる。ポスト冷戦の世界を動かすのは米中の覇権競争である。二十年内に米中は互角のプレーヤーになるが、台湾問題のくびきに縛られる。台湾はゼロサムゲームであり、妥協はあり得ない。米中の間に立つ日本が、アメリカに一方的に傾斜し、コミットすることは必ず中国を挑発す
る。


さて、安倍ちゃん、早速のアメからのお召しがかかったらしい。シナ国の誰それと、お呼ばれごっこやってる場合じゃないよね〜やっぱ。

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2007年2月11日 (日)

「ガープの世界」に見るラディカルフェミ

柳沢発言第二弾をめぐり、彼女らの本能的な闘争心からか、ますます暴走するフェミ議員たち。いくら彼女らが「オンナ」を旗印に闘争を煽ろうが、ホイホイ乗せられる愚かな日本女性はそういないだろ。
しかし、この珍事態、日本以外のメディアで取り上げられ全日本女性像があんなんだと誤解されるのが、ナニよりも口惜しい。いや、もしかしてどこの国にも、かようなマッド系フェミ♀を持て余していて、”ああ、お気の毒な”〜の乗りで軽く受け流していただけたらありがたいのだが。

『極東ブログ』さんで、精子バングに群がる英国シングル女性のBBCドキュメンタリーが紹介されてたいた。経済的自立を果たした女性のなれの果てかと、オ、オゾマシィ〜ッのひと言!
そういえば、日本でもホンのちょっと前、バラをくわえた自称『子授け○ちゃん』と、吐きそうなくらいのナルが入った男詐欺師がいたっけ。
卵子バンク、精子バンク、不妊に悩む夫婦にはありがたがる人もいるんだろうが、コチラは、シングルマザーのケース。メス種の中でも突出したラディカルな攻撃型タイプか?恋愛や結婚など面倒なプロセスを否定し、自分のDNAの存続だけにこだわる、さながら伝説の『アマゾネス』現代種だ。

オスを究極、”精子”にまで還元してしまうアマゾネス種は、男にとって最大の屈辱、暴力、恐怖以外の何者でもないだろう。逆に男が、それこそ、女を卵子と子宮にまで還元するなら、柳沢発言を借りるまでもなく、メスは単なる”子産みマシーン”となる。ここには残念なことに、エロスさえ入り込む余地はない。メスとオスが、いや、精子か卵子かの覇権を求めた、喰うか喰われるかの、熾烈な性遺伝子の生存競争だ。

しかし、この勝負、子種より子産みのほうが重労働で希少価値があるのは確か。
子産みできるメスの絶対数が少なく、オスが多勢だと、人類は滅亡の一途を辿る。究極、人類が存続するためだけなら、経済的自立した女が大半で、男はほんの少数いればこと足りるということになるし。。。つまるところ、精子バンクに群がるシングルマザー希望女性の根底には、母権社会への回帰指向があるのかもしれない。

一方、卵子バンクに群がるシングルファーザー希望者なんてのは聞かないが、理論的にはありえる話。
しかし、どうだろう?ゲイやレズカップルが、子供欲しがる場合は、どちらかが男女の役割分担をしているので例外とするとして、番わないシングル男が、煩わしい育児をものともせず、純粋に自分だけの子供が欲しいと思うものなんだろうかと、はなはだ疑問だ。

もし、男性が自己の再生を願っても、Y遺伝子の継承のために必ず特定の母体を必要とすることから、事情はシングルマザーとは全く違う。匿名でもすませられる精子とは異なり、産むという行為は女性に頼らざるを得ないからだ。
出産〜授乳も含め、完全にメスの支配から逃れて、オスが自己再生するためには、試験管ベィビーかクローン人間、果ては人間そっくりのA.Iを持ったロボットの完成を見て、初めて到達するのだろう。これが、オスが支配する父権社会の究極の姿かな。

しかし、そこに展開する世界は、男か女かの性をも支配し、性をも必要としないかもしれないが。。。そんな時代には、それこそ、男女ともに生殖機能が退化していて、ロボット人口が爆発していって、、、ロボット権みたいな人権が肥大していって、遂には人類の終焉を迎える。つまり、、、神による人類創造のふりだしに戻る。

アレ?なんだか、手塚先生の『火の鳥』の世界になってきたぞォ〜。。。

Shinwa_この本『神話・伝承事典―失われた女神たちの復権』も、とってもオモシロイ。世界の神話、伝承をキリスト教以前のフェミ的な女神信仰を元に解説した事典だ。中には、『メシア=油を注がれたもの)『神殿娼婦=マグダラのマリア』の隠された意味など、目からウロコの箇所が沢山ある。

原始、とにかく、そんな自己再生能力のある女性は、男性にとって素朴に恐怖の対称、そのものであったに違いない。生まれ落ちたその瞬間から、男性は神から疎外された者として存在し、被支配に甘んじてきたというのだ。その後、生殖に利用され、挙げ句の果てに食べられてしまうオスカマキリの逆襲ともいおうか?自己防衛的見地から後天的に腕力を獲得したオスは、力によるメス支配に世界の転換を果たし、やがてユダヤ-キリスト教のような男神を想定、父権社会へ移行、また、イブに原罪意識を埋め込むことによって完全にメスの支配に成功したと見るのだ。

この、♂と♀、精子と卵子、もっと言えば、”X-Y”vs”X-X”のヘテロ対ホモの争いが、長い人類史のミクロな戦場で、我々の実際の歴史の営みと並行し、ずっとずっと展開されてきたのかもしれない。

もし、この争いが人類の種としての進化に何かしら貢献してきたとするならば、昨今の英国のような過激なアマゾネス的メス種の出現も、例え我々には奇異に見えても、人類に更なる進化を促すためと肯定することができるとも言える。

歴史は繰り返す。
将来、彼女らの貢献によって刺激され促され、より強いオスの出現を待つことになる。
お茶の水博士や、マグマ大使を産んだ(創造した)アースさまの動機も、子産みできない性のメスへのコンプレックスが誘因だったかもしれないぞ。

今更ながら、昔見た『ガープの世界』を思い出してしまった。Garp
もう、20年以上の前の映画だ。あの頃は、アメリカのフェミニズムの現状とか、全く社会的背景が理解できなかったが、あれってカナリ、カナ〜リ、これからの時代をも示唆していたのではないかと思ったりする。

バリバリのシングルマザーの話。主人公ガープ(ロビン-ウィリアムス)は、ベッドの上で死に行く兵士を看護婦であった母が馬乗りになりレイプして出来た子。ガープに与えられた父親の情報は、”パイロット”それだけ。ガープは、父親像に夢を重ねる、自分も飛行機乗りになりたいと。
その後、実体験を発表した母は、フェミニズムのカリスマとして祭り上げられる。そして、母の元に群がる男からのレイプに抗議する、舌を自ら切り落とし言葉を発することのできない女性たち。これこそ、母権のアマゾネス集団だ。
何もかもが奇妙な設定だったが、そこに展開される男女はまさしく、ヘテロとホモの生存を賭けた暴力的な闘争。マジに血が飛び、命を落とす。

まずは看護婦、メスありき。そして、名も顔も人格もない精子ありき、から始まるこの物語。ラストも悲しく、我々のこれからの男と女の未来を暗示していそうだが、ふと疑問に思った。

ちょっと待て!我々女性は、そもそも、本当にナースのような慈愛に満ちた

「本質的に平和を好む生き物なのか。。。?」

イ、ヤ〜ッ!!!
福島瑞穂や、蓮舫、辻本清美、安倍知子、小宮山洋子、、、エトセトラ、エトセトラ。。。あんなのと一緒だなんて〜ッッツ!
どうしよう〜、もしかしてオスマシでニッコリの我々も、実はオス以上に残虐で戦闘的で、しかも利己的で、交尾したあとにオスを食べてしまうメスカマキリそのものだったりしたら。。。!?それ故、腕力を奪われた過去があり、一応しおらしくしても見せるのだが、ほんとはチョロチョロと、メスの本能はマグマのように地底で、ずっと渦めいている。。。

国会においてギリギリネチネチとオジサン大臣を締め上げることに至上の喜びを見いだすフェミ議員たちを見苦しいと感じるのも、白衣を脱いだメスの本能という化け物の姿を重ねるからだったりして...?しかも、メス同士の闘いは、オスとの闘い以上に、ハルマゲドンマッツオのバケモンとバケモンとの死闘だったりして.....?

オォ、こわ〜!
願わくば、一生、その本性を顕現することなく、白衣の女神を演じ続けられますように。
そして、ヘテロとホモが殺し合いすることなく、互いが互いに幸福に自己再生する方法は、やはり、ヤッパリ、力にものを言わせレイプしあって、精子や卵子を奪うのではなく、ふたつを結びつける『愛』しかないでしょう〜?ってことになる。

ガープは、〜「ボクに父親は必要なかった」〜といいながら、最後に空を飛ぶ夢を見ながら、そう、我らにつぶやいてくれているのだ。そこで初めて父にも抱かれるのだ。
腕力(経済力)に自信のある女性、いやいや、アマゾネス(イブ)の戦闘的ホモDNAを持つ、全女性への、メッセージではなかったのかと思うのだ。

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2007年2月 5日 (月)

マチュア(成熟)できないフェミ議員たち

テレビ番組は何故、社民、共産などどうでもいいヤツラをスタジオに呼んでしゃべらせるのか。
特に柳沢発言で調子こいた女性議員らが、「全女性が〜」という度に「ふざけるな〜!一緒にするな!」と叫びたくなるほどの嫌悪感。どこかの、マッチョでセクシーなオス諸君、メロメロのオスフェロモンで、ヤツラの口をふさいでくれないかな〜。

たいていの家庭を持つ女性なら、あのぐらいの失言は「笑って許せる」範疇、と思うのだが。メスが「子供を産む機械」なら、オスは「子供を仕込む機械」であり、産む方が仕込むより大変だから、オスは「労働してお金を運んでくる馬車馬」の役を担う。ーでそこそこ、ふたつ合わせてうまく機能するんじゃないの〜?って。
問題は、現在、メスにも出産以外の「労働」を強いられているあたり。きっとそのうち、誰もが、専業主婦という立場が、いかに恵まれていた時代の産物であったか知る事になるだろう。

注目の地方選も一勝一敗で、少しは騒ぎが収まるといいんだけど....。

そもそも、100年前、ごくごく特権階級を除き、専業主婦って何パーセントいただろう?
第一次産業が主だった時代、子供も大人じいさんばあさん、皆何かしら労働に準じていただろうし。人買いや、女工哀史の時代なんかも目も当てられない。大半の女性がそんな労働現場から『解放』されて、家事だけに従事していればいいというステータスを手にしたのは、つい数十年前の最近の出来事だったのだ。

”ヒトは、オンナとして生まれるわけでなく、オンナになるのだ”

ーとは、古典『第二の性』のボーヴォワールの言葉。

”オンナ性”が、社会通念の慣習、文化によって、抑圧と搾取される対称としての極に仕立て上げられるというもので、ここにもフェミやジェンダー論のひとつの原点を見る。

コレ、まるで、判別不能の生まれたてのヒヨコをこっちは赤い、あっちは青いとふたつの箱に分けて育てるうちに、オスとメスが出来上がるというような、自然の摂理を無視した摩訶不思議な性機械論でもある。
更にフェミ系で有名な大沢真理氏や上野千鶴子氏の発言もスゴイ!

「女で妊娠したことがある人だったらメスだと言えるかもしれないけれども、
私などは妊娠したことがないから、自分がメスだと言い切る自信はない」

メロオスフェロモンも効き目なしなら、もォ〜お気の毒としか言えない。しかも、”経産婦=メス”という定義こそ、真性の「メスは子を産む機械」そのものじゃないか。
かの、日本の元祖女権運動の平塚雷鳥は、『青鞜』発刊にあたって、

”「元始、女性は太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、
病人のような蒼白い顔の月である。 〜(中略)〜
私共は隠されたる我が太陽を今取り戻さねぱならぬ”

ーと宣言した。
伊藤野枝、神近市子、また馳せ参じた与謝野晶子、田村俊子、岡本かのこなど、良妻賢母に飽き足らない当時のハイカラさんたちが集合し、大正期のデモクラシー、社会運動のうねりとともに政治的社会的女権運動へと発展していった。
これらが戦後の婦人参政権獲得へとも通じたのは、同じ♀としてマコトに感謝すべきことであるが、この元祖”フェミ”らが意図した社会は、果たして現在の”フェミ♀”の目指す社会と同質なのだろうかと、疑問に思う。
あの、雷鳥でさえ、愛しい”つばめちゃん”である年下の男の子との生活のために一線を退いたあたりは、鎧兜の下のオンナの性(ショウ)を感じるし、また無政府主義者大杉栄と共に虐殺された伊藤野枝に共感を持てるとしたら、活動家としての彼女の人生でばなく、愚かであるが故に恋愛に殉じたその生き様だ。彼女らは自ら愛した男に生涯を捧げることによって、”自ら輝く太陽”となったのだ。

ついでに、『青鞜』が英国の”青い靴下”=ブルーストッキングを履いた、上流社会の”目覚めた”若きご令嬢たちにちなんでつけられたことも、付け加えておく。これらの運動は、英国でも日本でも所詮は恵まれた特権階級の、良妻賢母に飽き足らなかった贅沢なお嬢さんたちの特殊例である。

一方、同時代に北陸の富山を中心におこった有名な『米騒動』というものがある。日露戦争時、喰うに困った漁師の妻らが”米よこせ〜っ”と庄屋や役所を襲った、”オンナ”たちによる暴動。これは、母性の最高度の発露であろう。

また、この両者と全く性質が異なるのが、影山英子。
彼女こそ、男女とも同じ現場で働くいち労働者として捉えた最初の人ではないかと思う。”手に職”的な経済的自立を第一義とするが、その底にあるのは、田島陽子氏のように男運に恵まれなかった女の恨み節と言おうか、暴力、大酒飲み、無職の、よっぽどロクでもない男から受けたトラウマが、いつしか社会全体の男女間闘争にまで発展した例。底にあるのは果てしない男への不信感、嫌悪感。そして、これこそが現在、吹き荒れてる『男女共同参画』ジェンフリ、フェミナチの正体の根源であろう。フェミにマルキシズムを応用した例でもある。

メス労働者(対価を伴い、税金を払う)にとって、女性の神から与えられた〜子を孕み育てる〜機能が邪魔であるのは当然だとも思う。しかも、母性を潜在的に否定する彼女らにまともな子育てなどできるわけないので、母性の欠如を社会のせいにして自らの言い訳とし、”やれ、少子化は社会の受け入れ態勢のせい”とか言って、正当化を企てる。挙げ句の果ては”子供は社会で育てろ”とか、子育ての主権放棄のすすめ。
そして、そのもっと奥にあるのが、やさしく頼りになる夫がいて経済的にも安定した幸福な結婚生活で、母性を100%発現させ子育てを楽しんでいる、専業主婦への、恐ろしいまでの嫉妬と執念だったりする。

賢い女性は、ゆめゆめ、彼女らの口車に乗らないことだ。
オンナの性を受け止め、謳歌し、充分に母性を養うことだ。
この罠は、影山英子的ヨイトマケ世界に、全女性を先祖還りさせようとする。せっかく労働から解放された女性を過酷な労働世界に逆戻りさせるばかりでなく、男への不信感を煽り、家庭をも崩壊させる。世の中は、父なし子(テテナシゴ)で溢れ、フランスや北欧みたいに婚外子で溢れ、シングルマザーはもっと過酷な労働を強いられ、メス同士が血を見る争いをし、オスは力でメス狩りをするカオスな暗黒時代へ逆戻り。よって、取り締まりの法律でがんじがらめの監視世界へと移行する。
現在、”働く女性”とか”自立する女性”とかいろんな言葉で飾られようが、所詮は”ワーキングプア”=低賃金労働者という、これまた新造語の中に男女を押し込め、新たな対立闘争に利用されるだけである。

目指すは、専業主婦がよかろ。そのために自分の性を愛し、一層、磨きをかけることだ。
ずっと昔、夢は”お嫁さん”ーという時代もあったのだ。異性と出会い愛ある家庭を育むことはそれほど狭い門だったのだ。”お嫁さん”になれたら、多少貧しくても、富山のおかあちゃんたちを見習って、とことん母性を発露すること。
主婦は、”DOMESTIC ENGINEER"とも英語でいうそうな。家庭という自分の城で、エンジニアにもアーティストにもなれる。外の仕事に比べても、家事はそれ以上にいろんな発見があるし、その気になれば、一生楽しむこともできる。そして安定した生活の土台の上に、青靴下の英国女性をちょっと真似て贅沢してみるのがいい。そういう女性だけが、このような贅沢を許され、労働を伴わない真のアーティストを目指せるのだ。

今から思えば、森瑶子はホント、いい生き方していたな〜。
妻であり、母であり、オンナであり、すべてをありのままに受け入れたがゆえの、この三相をとことん見つめ楽しんだマチュアな女性作家。

ゆめゆめ、結婚を拒絶したり、子育ての主権を移譲し”子供を生む労働者という機械”になることナカレ!ですゾォ〜ッ。

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2007年2月 2日 (金)

王国 KINGDOM RIGET

毎日、あほらしい茶番が続いている。
なんじゃこリャ〜の自殺連鎖、いじめ殺し、バラバラ殺人。挙げ句の果ての柳沢発言の大騒ぎ。各党、それぞれの思惑あってリアクションしてるんだろうが、こんなことしてていいのかな〜。

ため息ついてばかりでも仕方ないので、年初のNHK「フィレンツェ」特集やら録りだめたDVDをいくつか見ていた。
中でもオカルトホラーかと思いきや、途中大爆笑を誘われ、最後には凍りつくほど背筋が寒くなったのが、10年ほど前一部だけ見て放っておいたラース-フォン-トリア監督の『キングダム』オリジナル版だ。

この監督(他の作品「奇跡の海」と「ダンサー イン ザ ダーク」が有名)の独特のカメラワークとか天才的な感覚の絶賛とかは他の人に任せるにして、ところどころにマジかと疑いたくなるオカルト的シンボルがサブリミナルされているのには目が点になる。しかも一話終わるごとに、解説加えるラース監督のサタニストのサイン。ただのエンターティメントにしちゃあ、おふざけがすぎるような。。。一体、何者なんだ〜?この監督?!

科学万能をおごる現代へのメタファーと見るのは簡単。
しかし、裏にあるシナリオは、アンチカトリックのようなもうひとつのダヴィンチ-コードなのではないのかとも思ったりもした。
デンマークを舞台とした、「王国-RIGET」病院はおそらく、ローマ帝国でありヴァチカンだったりーと、あらゆる”地上の王国”を示唆してそう。ただし、本来聖なる王国たるものが、いかに”悪魔の王国”化していったか。イエスにまつわるエピソードがかなり手の込んだレトリックで、描かれている。以下、多少無理があるかもしれないが思いつくまま当てはめてみた。

●漂白業者たちが働いていた沼地跡に建てられた病院
 彼らは国教化される以前、ローマ帝国内で殉教していった原始キリスト教徒たちか?しかし、漂白って何を意味する?魂の浄化?

●教会はイエスの言葉によって、ペテロ=岩の上に建てられるとある
地盤のゆる〜い沼地に建てられた病院。教会は始まりにおいて悪魔の門下に置かれていたっていうこと〜?

●キリスト教の国教化
漂白労働者が去り、スノッブな医者が集った。グローバル化されたキリスト教は、ユダヤ人からローマ皇帝の采配下に入り、以後、更に権力と結びつき、先鋭化されていく。

●聖母マリアの処女懐胎→ 
ガブリエル役のような悪魔によって受胎した女医 彷徨う少女がマリー(マリア)ってのも、なんだかな〜。

●イエス
悪魔と人間の間に産まれた化け物のような異形の赤ん坊として描かれる。悪魔の誘惑を拒絶した彼の生命は、死が運命づけられている。体重を支え切れつりさげるための担架は十字架そのもの。自己の生存欲より、唯一自己犠牲を求める 彼の死がその後の救いとなるのか?

●秘密結社「友愛会」
フリーメーソンのようでありながら、たぶんイエスの12弟子たちか、もしくは後の枢機卿たちを暗示してそう。

●ユダ
たぶん地下室の便利屋医師 灰色だった彼が火葬場から復活した後、悪魔の手先となる

●ペテロ
医師長か? ペテロはイエスの言葉に従い、初代原始エルサレム教会のユダヤ人にして教会長

●パウロ
浜幸似の唯一のスウェーデン医師、ヘルマー教授 使徒の中でも唯一ローマ市民権を持ちユダヤ人以外への伝道を担当 ハイチに旅立ちブウドウの呪術に転向する辺りは、ダマスコの回心を匂わせる

●マグダラのマリア
睡眠科のナース、カミラ 彼女がサタンの直弟子

●ヘロデ王
医師長のバカ息子 ヘロデ王の娘サロメにせがまれ、洗礼派のヨハネの首を斬首した

●洗礼派(バプテスマ)のヨハネ
解剖用の献体 切断された首が悪魔の力の発信源となる

●ピラト→ 
たぶん病院長 ローマ総督のピラトはユダヤを監視する役目

●入院患者
救いを求めてやってきたキリスト信者たち もちろん助かるものもいれば救われない者もいる

●霊能力のある主人公のオバアちゃん。。。。このひとが唯一の救いダヨ

ーなんてネ。見た人なら、なんのことかわかるでしょ。

時の権力と結びついて以来、イエスの教えはおそらく整合性を保ちつつも矮小化され、ローマ帝国統治に都合の良く変容して行ったと考えても不思議ではない。ローマ帝国滅亡後も尚、ボーダーレスな巨大なキリスト教帝国を形成。人類普遍なる真理である愛と救済を説きながら、一神教である限り王国を束ねいつでも外界への侵略を正当化できる。為政者にとってもこんな都合の良いツール=キリスト教はなかっただろ。

バリバリに帝国仕様に純化され、狂犬のように異端狩りに狂奔していった時代。
帝国の最大の敵は、異教徒以前に異端である「グノーシス派」という神秘主義の一派。ここでは病院という王国のドグマ科学万能崇拝に対抗する、神秘主義(グノーシス)に基づく代替医療という構図。

今だに謎の多いテンプル騎士団だが、12世紀の結成、その後何度かの東方への十字軍遠征がきっかけとなり、異端視して来た神秘思想が良きも悪しきもクソミソになってドドっと、ビザンツの東方教会からローマ教会へと流れたという。
イスラム云々というのは二の次で、教会はこの知識(グノーシス)が外にもれることを嫌い、独占するためにさらに異端を迫害したのだろう。病院内でも、心霊治療師や強圧的な自己啓発セミナー師のようなインディオなど、摩訶不思議なインチキ神秘主義が跋扈し、はちゃめちゃ状態。中には自らの身体に肝臓癌を育成するボンゴ医師はストイックな修道士を思わせ、彼を尊敬する医学生とともにカルトな修道会別派を組織していく。

さて、カオスと化した王国も、次第に闇の根源に侵されていく。

切断されたヨハネの首がアンテナとなり、より深い闇の地下へ導かれ、サタンがその正体を次第にもらしていく。テンプル騎士団弾圧の理由として、バフォメット(悪魔の首)を崇拝していたとこの噂を彷彿させるシーン。
病院地下では現在馴染みのいろんなサタニズムの表象がみられ、角が生えた異形の子の父、山羊か牡牛の首をかたどった逆さ五芒星のマーク、そして黒魔術に集う人々の手には例のサタン印のマコトちゃんグワシ。。。

ラース監督、もォ遊んでいるとしか思えない。この世と天国を橋渡しする”教会”の深部が、実は地下世界の悪魔の王国へとつながっているというのか。。。

キリスト王国の物語を読んでであきないのは、飽くなき権力欲と謎が謎を呼びいくつものシナリオが可能で、真実には絶対辿り着けないところ。イエスとバプテスマのヨハネの関係は、イエスとマグダラのマリアとの関係以上に複雑。マグダラのマリアと福音書のヨハネとの関係もなんだか意味深。

当時のユダヤで、メシア認定においてイエス派とヨハネ派が対立していても不思議ではないし、マサダ陥落を境に、ローマに同化したユダヤ人と同化できなかったユダヤ人もいただろう。ヨハネ派や同化を嫌ったユダヤ教徒は、合体したイエス派やローマ人に恨みを抱いたとしても不思議ではないし、ヨハネ派とユダヤパリサイ派がアンチイエスで組んでもいい。

更に初期の使徒の中でも、エルサレム教会ペテロと、イエスの妻ともされるマグダラのマリアが、イエス教団の正統を巡って争っても不思議ではないし、失脚したマリア一派が東方正教の流れに委ねても不思議ではない。また、このマリア一派がアンチペテロで、アンチイエス(原始エルサレム教会)のヨハネ派やパリサイ派と合従することだって考えられる。

ペテロ派とパウロ派がイエスのグローバル化を巡って対立したとしても、アンチイエス派に対してはローマカトリックとしてはまとまることができる、そう、異邦人であるヘルマー教授が毒づきながらも友愛会に属したように。
また、イエス以前のユダヤ教に対して、アンチユダヤってのもありえる。つまり、アンチ”ユダヤ-キリスト”の多神教連合。これはしばしば、エジプト由来の女神信仰(イシス神)や、黄金の牡牛のバール神信仰なんてのもある。

なんかいろいろ妄想していたら、ユダヤ人のこの世的な救いの王(ダビデのような)として期待されてたイエスさまが惨めな最後を遂げた挙げ句、後々、ユダヤ人の枠を超え多民族帝国ローマカソリックの皇帝(つまり、法王)と手を結んだ辺りから、似て非なるものになって行ったのではないかと思ったりした。

言わば、一民族宗教のグローバル化(多民族=世界宗教化)!

これに対抗したのが、イエス以前の多神教連合と、内部の敵ユダヤ教原理主義と、後の外部の敵もひとつのグローバルイスラム教。
外来の神さまがいかに偉大でも、在来の民族神との軋轢は避けられなかっただろう。神さま同士だって、より普遍的な真理を求めて切磋琢磨するのだ。それが人間界では権力や欲と結びつき、戦争や殺戮という行為として現れることだってあるサ。
「立ち退きなさい」「ハイ、引っ越します」ーと、日本神話の天津神と国津神の間にだって、きっと逆らえばそれなりの流血沙汰があったっとしても不思議ではない。善悪二元論だけだなく、善vs善、悪vs悪の戦いだってあるってこと。

独立か統合か?吸収合併か、乗っ取りか?民族国家か、多民族国家か?ーなんて、個々をまとめあげる核となる求心力の宗教のイデオロギー次第。

そして現在、世界を席巻しているのが”経済至上主義”=弱肉強食という、新たな”世界宗教”。これが万遍なく世界に浸透した時、出現する大帝国は、かってのローマ帝国やキリスト教帝国よりもはるかに巨大で強力で、国境は失われ民族はシャッフルされた悪魔の”王国=キングダム”であることは、なんとなく想像できる。

しかし、コレ、なんだ、ただのバール神信仰じゃないのかな〜?

ついでに、ランス監督、第三部ではどのように落とし前つけるのか楽しみであったが、なんと、出演者のうち、主役級の三人がお亡くなりになって未完のままなのだそうだ。残念!
唯一、気になるのがスウェーデンボルグのくだりの絵と、『RIGET』と『TIGER』のアナグラムの謎。この辺りに何か秘密がありそうなんだが、、、。
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。。。やっぱ、お岩さんも真っ青の、、、ただのエンターテイメント映画じゃないことは確か。ま、、、決してひとりで見ないことをオススメいたします。
(注:ステイーブン-キング版の『キングダム ホスピタル』とは違うよ)

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