« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

2009年11月25日 (水)

と ほ か み え み た め

あ が ま え ば
く は し め  よ ひ に け り
あ が ま え ば
て る つ き  と よ む な り


よ ば い に  か み あ ま く だ り て
よ は あ け  ぬ え と り な く


と ほ か み え み た め
と ほ か み え み た め 

 吾が舞えば 麗わし女 酔ひにけり
 吾が舞えば 照る月 響むなり
 夜這いに 神天降りて
 夜は明け 鵺鳥鳴く

 遠神恵賜
 遠神恵賜
● ----------------------

  • くわし・め=(美人、妻)
  • くわし=(細し、美し)
  • くわしい(詳しい)=(本来は、こまやかな美しさ)
  • とよむ=(ドヨム・響動む、どよめく、鳴り響く)

----------------------

Kenji Kawai - Reincarnation

続きを読む "と ほ か み え み た め"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月23日 (月)

新嘗祭 〜「神さまバクバク」の祭事

本日は『 新 嘗 祭

▼出雲の神在膳
A4304211a天皇がその年に取れた収穫を神に捧げ、それを共食し、新たなに神のエネルギーを自己の内に取り込む儀式。
即位され初めてのこの日を大嘗祭、翌年以降は新嘗祭と呼ぶ。天皇は大嘗祭を経て初めて本当の、神々から認定された、天皇霊が宿る完全無欠な天皇となることができるという。

年輪が刻まれるように、新嘗祭を重ねれば重ねるほど天皇の霊威が増す。霊力が増せば増す程、天下は泰平、五穀は豊穣となり民も潤う。これまた、大和民族が農耕民族と云われる由縁。

一方、キリスト教では赤いワインと聖餅がイエスの血と肉。イエスの聖体を食することによってイエスと一体になり、彼らはキリスト者となる。ならば米を常食とする日本人は、米を食べる度に天照さまと合体しているんだろう。
加工食品が多くなりその原型をなかなか意識することは難しいけど、食とはまさに神を肉体に取り込む行為だったんだな〜とつくづく思う日が、今日だったりする。

「いただきま〜す♪」(合掌)は、それこそ

〜”神さまバクバク”〜

、、、だったりする。。。

米だけでない。野菜も木の実も魚も肉も、、、我れらを生かす全ての食材が神の営み、神そのものの七変化。天の恵みに感謝して、、とか、作ってくれたお百姓さんたちに感謝ー、、程度で済まないのだ。

さてその昔、神話の時代。我らの天孫さまが、天照さまから仰せつかった五穀の種を携え、高天原から降臨された。その時のご様子は、天孫さまは胞衣(エナ)であるモミガラに何重にも包まれた、五穀の穂種として比喩される。

84b

天皇陛下は皇居で稲穂を育て、皇后陛下は天照さまのお仕事であった機織りー繭を育てる。
イザナギとイザナミのお仕事。現在も連綿と続く祭事と儀式。

例えNHKが、「ご即位20年」のイベントを途中でちょん切ろうと、例えその後に200人足らずのチンケな天皇制反対のデモを取り上げたり、天皇制に関するアンケートやらを行おうと、例えNHKで地方色豊かな日本のお祭り事情を放送しなくなっても、例え民法が天皇皇后両陛下より、「亡命者・謀反」という名のゴロツキミュージシャングループをフューチュアしようとも、、、例え雑誌が外来のハロウィーンやクリスマスを特集しようとも、例え戦争に負け国土が焼け野原になろうとも、例え、ホリディ(HOLIDAY=祭日) がバケーション(VACATION=祝日)になろうとも、、、、何千年と連綿と続いてきた人々の儀式やお祭り、慣習は続く、、いや、伝え守って来た人々がここにいる。

日本ってすごい国だ!
日本人ってすごい民族だ!!

だてに2600年以上、続いて来たわけではない。
神さま大好きな民族で、ずっと神さまと、こうやってじゃれ合って生きてきたんだ。

さあ、神さまバクバクしてエネルギーいっぱい充電したら、冬の大寒波に備える準備に取りかかろう。
これから太陽は死を迎える。
目に見える太陽の転生輪廻。
冬至は完全なる死。、、、

そして復活の日。

そう、例え社会主義政府になろうとも、、、、。

黄泉帰れ、はやぶさよ!!
【事業仕分け】「スパコン予算は慎重検討」仙谷氏、削減意見も尊重 2009.11.23 18:18
仙谷由人行政刷新担当相は23日、菅直人副総理・国家戦略担当相が維持すべきだとの考えを示した次世代スーパーコンピューター開発予算に関し、行政刷新会議の事業仕分けで大幅削減とされた結果も尊重しつつ慎重に検討して結論を出す方針を表明した。訪問先の島根県隠岐の島町で記者団の質問に答えた。 仙谷氏は「見直しが必要だという問題提起があったわけだから、今のやり方で技術水準を高めることになるかという観点で検討しなければならない」と述べた。これに関し菅氏は22日に「政策判断は政治的に行う。科学技術分野は見直すことになるだろう」と述べ、仕分け結果通りの結論は避けたい考えを示した。

伊勢神宮

神話の国「出雲」を訪れる

Izumo_taisha00
◇◇◇

続きを読む "新嘗祭 〜「神さまバクバク」の祭事"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月22日 (日)

転載:「はやぶさ」は失敗と断じる仕分け人・松井孝典の愚

夕刻の備忘録さんより。
日本版文革=必殺事業仕分けの中でも、スパコン支援金「ハイ・死!」を巡り、なにやらまたぞろ、妖しげな画策か、、、?
しかし、亀たんじゃないけど、仕分け人の中の民間人の中にモルスタ外人や外資系アナリストがいたりして、インサイダーとは全く無縁だと誰が保障してくれるんだろうね。。。スラップスティックな公開処刑はまだまだ現在進行中、、、。

さぁ〜て、日本版4人組は、一体どこのどいつだ〜?



【拡散希望】「はやぶさ」は失敗と断じる仕分け人・松井孝典

先頃行われた事業仕分け作業において、「スーパーコンピュータ」や「Spring8」など、多くの将来性ある科学技術研究資金を断ち切ったことで、名を馳せた仕分け人の一人に松井孝典・千葉工業大学「惑星探査研究センター」所長がいる。

http://wwwlib.cc.it-chiba.ac.jp/topics/planet/

このHPには、冒頭に『若者に夢を与える、国内大学初の研究所』とあり、続いて「センターの目的」や「研究内容」が書かれているが、注目すべきは「研究センターの人員」の欄である。そこには

松井孝典(前東京大学新領域創成科学研究科教授)を所長に、小惑星探査機「はやぶさ」や、月探査機「かぐや」の研究者をふくむ国内の若手研究者で構成します。

● 千葉工業大学 惑星探査研究センター所長
松井 孝典 (理学博士)

1946年生まれ。東京大学理学部卒業、同大学院博士課程修了。 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て、2009年4月より千葉工業大学・惑星探査研究センター所長。 日本の惑星科学の第一人者。

と書かれている。
要するに、元東大教授が、あの「はやぶさ」を作ったメンバーと共に立ち上げた新しい研究センターである、との主張である。
多くの方は素直にそう読むであろう。受験生も「これは凄い!」と錯覚するかもしれない。

しかし松井氏は、明らかにJAXAに批判的な人物であり、「はやぶさ」を含む旧宇宙科学研究所の一切を否定し続けてきた人物である。
それにも関わらず、自身が研究センターを立ち上げるとなると、そのHPにはその知名度を利用する為にか、「はやぶさ」「かぐや」の文字が躍る。これは矛盾ではないのか。少なくとも不純、不潔であろう。

そこで、先日入手した資料から引用しておく。
(「こんなこともあろうかと!」貴重な資料を保存していた提供者に感謝)

以下はその一つの証拠、雑誌「WEDGE・2006.7号」の記事『羅針盤・東シナ海の海洋調査で露呈 国益なき科学行政の限界』よりの抜粋である。因みに、WEDGEとは、新幹線グリーン車の背もたれに差し込まれている「あの雑誌」である。

科学と国益の関わりを直視し早急に研究体制を改善せよ

惑星探査の場合、もっと深刻な問題もある。
船の場合、それを所有する機関の研究者以外の研究者が有効利用できないということだが、船が途中でなくなるわけではない。

惑星探査の場合は、探査が途中で失敗すれば、その探査に費やした何百億円という予算は全くの無駄遣いになる。実際これまでにも、そのような無駄遣いの例はいくつもある。例えば、「のぞみ」による火星探査は失敗したし、月のペネトレータ探査は、打ち上げに至る前に挫折し、それまでの10年間にこの計画に費やされた100億円をはるかに超える巨費が無駄になった。小惑星からのサンプルリターンを目指す「はやぶさ」も、地球に帰還しなければ失敗である。500メートル程度の小惑星の画像に数百億円の価値を見出すことは難しい。

だからといって、それに関わる研究機関や研究者に責任が及ぶことはない。日本の場合、そもそも惑星探査計画といっても、実はそれぞれ全てが、工学試験衛星という位置づけになっているため、失敗して当り前という建前なのである。従って、その探査の結果何が分かるかという科学目的が、それにかかった何百億円という研究費に見合うものか否か、という議論すらない。

惑星探査に責任を負うべきはずのその分野の研究機関も、その専門家育成の安易な教育を続けるばかりで、世界的に通用する研究者がほとんど育っていない。研究者としてはまだひよこのような未熟な惑星科学者が、1回につき何百億円もかかる惑星探査に漠然と関わり、次から次へと提案され、実現していく探査計画を、責任感を感じることなく、無邪気に楽しんでいる。この仕組みも基本的には、先程述べた

  • �土建屋箱物
  • �科学技術行政

と同じである。
最近は、中国やインドが宇宙に進出し始めたため、わが国の惑星探査関連の計画は、黙っていても予算が後押しするという、バブル期のような情勢にあるともいわれる。

巨額の費用を必要とする地球や宇宙の探査には、構造的問題と、それと国益とが密接に関わる問題が存在する。科学技術立国という政府の大方針にもかかわらず、この分野の現状は、戦略的、長期的ビジョンに欠け、お寒い状態にあるといわざるを得ない。実質的には、バブル期と同様の科学技術行政を続けているこの分野の研究体制を早急に改善する必要がある。


「はやぶさ」が、どれほどの科学的業績を挙げたか、どれほどの夢を我々に与えてくれたか、については「案山子」でも知っているので、ここでは附言しない。参考までに最新の動画を紹介しておく。

●「探査機はやぶさにおける、日本技術者の変態力」

「こんなこともあろうかと!」 探査機はやぶさのミッションにおいて、もはや変態レベルと言っても過言ではないくらいの未来予測が行われ、世界を驚かせています。 ざっとまとめたものを、宇宙戦艦ヤマトの乗組員を使って動画にしてみました。

追記:誤字脱字ごめんなさいorz 次回作でなおします。 再生、コメ、マイリスありがとうございますorz
追記2:視聴して頂き、本当にありがとうございます。盛り上がりっぷりに戸惑いながら嬉し泣きしております
追記3:新作「はやぶさへの手紙」をUPしました( sm8877101 )笑いはありませんのでご注意ください
追記4:秀逸な解説※を頂きましたが、流れるのが早いため、投稿者※に移行しました。※投稿者の方、大百科へ保存してくれた方、ありがとうございます。

◇◇◇

◇ニコ動
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8858782
☆動画内「コメント」においても、本記事の拡散に御協力願いたい。

               ★ ★ ★ ★ ★
そういえば、「オレが言うな」氏が就任直後に、居酒屋の二階から、「宇宙人で〜す!」と叫びながら、火星儀をマスコミに披露するという、精神障害を疑わせるに充分な「事件」があった。この時に同席し、宣伝用のこのグッズを贈ったのも松井氏である。

▼http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090930k0000m010143000c.html
政界の常識にとらわれないため「宇宙人」とのあだ名もある鳩山由紀夫首相が29日夜、自らを 「宇宙人」と称する一幕があった。この日、首相は東京都渋谷区の居酒屋で、火星探査計画に 協力する惑星科学者、松井孝典氏らと懇談。居酒屋の2階の窓を突然開け、通行人らに 「これ、火星儀。宇宙人ですから」と笑顔ではしゃいだ。火星儀は松井氏からのプレゼント。

Mars_globe_01「天下り」「癒着」「二枚舌」「御都合主義」「嫉妬」「我が儘」、俗に「類は友を呼ぶ」というが、なるほど民主党にお似合いの人選だ!

こんな悲惨な文章を書く人物が、『若者に夢を与える、国内大学初の研究所』の所長なのである。一体若者は「どんな夢を見ればいいのだろうか」。「世界に通用しない国内のひよこ研究者」を集めて、何が出来るのだろうか。僕も早く立派になって、上がってきた予算をズタズタに切り裂く仕分け人になりたい、とでも夢見ればいいのだろうか。

以上は、関連分野の研究者の間では、「よく知られた人物像」のようであるが、受験生の大学選びの参考にもなるだろう。金看板は金メッキ、よくある話である。若者を失望させない為、これ即ち「国益」の為にも、様々な方面への「周知」を期待する。

因みに、暗雲立ち込める「子ども手当」創設の為に、既に組み込まれていた「子育て応援特別手当」の廃止など、補正予算執行停止に関する事務経費だけで、既に数百億円の税金が使われているらしい。開けて閉じて、を繰り返す度に、この規模の金が空費される。「はやぶさ2」の予算よりも、「右往左往の代価」の方が遙かに高額なのである。これは無駄ではないのか。どうやら我々の手で「仕分け人を仕分けする必要がある」ようだ。



以上、『夕刻の備忘録』さんからの転載ですが、引用の毎日新聞の記事は友愛済み。
ーで、時事コムより引用。
Popomars


▼首相、酔って羽目外す=「宇宙人だから」
鳩山由紀夫首相が29日夜、都内の居酒屋で仙谷由人行政刷新担当相らと懇談した際、2階の 窓から突然顔を出し、店の前で待ち受けていた記者団に「宇宙人ですから」などと、自身の あだ名を交えつつ冗舌に話し掛ける場面があった。
1週間近くに及んだ初外遊など、最高権力者として緊張状態が続いているせいか、酔って 思わず羽目を外したようだ。
首相はこの日、居酒屋をはしごし、2軒目で仙谷氏や松井孝典千葉工大惑星探査研究センター 所長らと3時間近く会食。
終了直前に窓から顔をのぞかせると、松井氏から進呈されたという火星儀を片手に

 「分かりますか。これ火星儀ですから。宇宙人ですから」

と陽気に語り掛けた。


9月30日に、あの文革担当相のミスター千獄と松井氏が、ポポとともに浮かれていたとは、何をかイワ〜ん。
イザにもしっかりありましたね〜、しかも数枚の写真付き!!

▼“電撃はしご”鳩山首相、居酒屋ディナー

Dengeki

鳩山由紀夫首相(62)が29日夜、東京・恵比寿の居酒屋を内閣の仙石由人行政刷新担当相(63)らと“電撃はしご”。2016年の五輪招致をかけたバラク・オバマ米大統領(47)とのIOC総会ガチンコ勝負へ決戦ムードを漂わせた。“居酒屋ディナー”で庶民派をアピールすると同時に「’16TOKYO」の盛り上がりもアピールだ。 鳩山首相ご一行様の宴会場となった東京・恵比寿の居酒屋「さいき」。店主の齋木邦彦さん(64)によると、29日午後、突然、店の常連客から予約が入ったという。

 「鳩山首相もお見えになるので、どうかよろしくお願いします」

Po
齋木さんが仰天したのはいうまでもない。そしてさらに驚いた人間もいた。午後6時半に事前予約していたサンケイスポーツ文化報道部・佐久間賢治記者(35)。同店で芸能プロダクション関係者との打ち合わせを予定していたのだ。

「鳩山首相が来るんですよ」と齋木さん。
「鳩山来留夫ですか!?」と佐久間記者(フツーはそう思う)。
午後7時5分、店に到着はそっくりさんではなく本物だった。

店内にいた約12人の客も一斉に立ち上がる。女性客が握手を求めると鳩山首相もにこやかに応じた。さらに男性客が「IOC総会がんばってください」と声をかけると鳩山首相は「ハイ!」と力強く応じた。

鳩山首相はデンマークの首都コペンハーゲンで開かれるIOC総会出席のため、10月1日に1泊3日の弾丸ツアーで出発する。もちろん、2016年五輪の東京招致をアピールするためだ。米政府もシカゴ招致のためオバマ大統領を送り込む。まさにガチンコ勝負だ。

鳩山首相は同じ恵比寿の「もつ焼き 縄のれん」に立ち寄ってから「さいき」に登場。居酒屋“電撃はしご”の街頭デモは「五輪招致へ盛りあがりが足りない」といわれる東京都民を“刺激”する狙いがあったとも受け取れる。まさに決戦ムードだ。

「さいき」での宴会には13人が参加した。うち1人が予約をいれた常連客だった。本来の趣旨は惑星科学者の松井孝典・千葉工大惑星探査研究センター所長(63)との「懇談会」。こちらの会話も大いに弾み、鳩山首相は松井氏から地球儀ならぬ「火星儀」をプレゼントされた。

 「私は宇宙人ですから…。これ火星儀ですよ、分かりますか!?」

鳩山首相、ご機嫌の居酒屋ディナーは約3時間でお開き。お値段はしめて9万6200円の会費制でした。

Popodinner

続きを読む "転載:「はやぶさ」は失敗と断じる仕分け人・松井孝典の愚 "

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月18日 (水)

『反-友愛革命』始動:脱税総理と呼ばないで by 棚橋秦文氏

「脱税総理」発言で紛糾=衆院法務委 (2009/11/17-13:02)
自民党の棚橋泰文元科学技術担当相は17日午前の衆院法務委員会で、鳩山由紀夫首相が株売却の所得約7200万円の税務申告をしていなかった問題に関し、「脱税総理」と繰り返し発言した。 これに対し、滝実委員長(民主)が「決めつける表現で不適切だ。差し控えてほしい」と注意したが、棚橋氏は「発言を封じるのか」と反発、審議が数回にわたり中断する事態となった。
首相は同委員会に出席していなかったが、棚橋氏は、千葉景子法相への質疑の中で、首相の献金虚偽記載問題を取り上げ、「『脱税総理』を起訴できないのか」などと追及。法相は「個別の捜査活動について答弁は控える」と述べるにとどめた。 滝委員長の注意後も棚橋氏は発言を続けたため、理事会で対応を協議することになった。

11月17日 衆議院 法務委員会にて

棚橋 秦文議員(自民)の質問です。

チ婆 (千葉景子法相)へは、
「テロリスト(拉致首謀者で北籍の元死刑囚:シン-ガンス)の助命嘆願書撤回の意志についての質問。

(婆):署名はうかつだった。その背景は調査中でございます。(以下、"調査中"のリピート)

ーポポ脱税総理の起訴の可能性については

(婆):仮定の話には答えられません。そのようなこともあるかと、、、。(以下、リピート)


だめだ、、この婆さん。アル○はいってるのかも、、の永遠ループ状態。

これでも弁護士だってよ。途中、憲法75条の解釈を求められ、しどろもどろ。当の拉致被害者 原敕晃 さんの名前も知らなくて、大恥。
ま、フェミに従軍慰安婦にアムネスティ、、流儀のゆすりたかりがお家芸だから、憲法知らなくても活動できた世代かな。みずほの10年先を逝く、フェミ第一世代のデーハースカーフ婆だ。

余りもの哀れサについ委員長が、同情して割ってはいる。

(委員長):(脱税したからといって)総理のこと、(脱税総理)っていわないでぇ〜!

ー本人が脱税を認めているのに、何故、脱税 総理と言ってはいけないのか?

数回このやりとりのあと、稲田姫も応援に加わり、とうとう委員長、泣きが入る。

時々見られる議会の紛糾シーン。
西田議員のポポの悪事を真剣でえぐっていく手に汗握る緊張感に比べ、棚橋議員の手法は砲丸ぜめのよう。

しかし社会党系の女性陣、土井たか以降はだんだん幼稚化&劣化してるね。髪型も似たよなショート画一的、ファッションもスィーツカラーの関西風スーツ。ーつうか、棚橋氏じゃなくたって泣けてくる。これが我が国の法の番人だってヨ‥‥。

チ婆始動のの左巻き洗脳出張講座が始まるらしい。
中高校に「出張」法教育=法務省
 2009年11月18日10時45分

さて棚橋氏の質疑の要点は、

〜 誰が猫(鳩)に鈴をつけるか‥‥?!〜

しかし、鈴持ちの婆が重い尻でボケかまし続けているから。
棚橋氏の苛立ともどかしさ、、、うん、言葉に出さずとも国民にしっかり伝わっている。

ま、、じっくり続きの中継動画を見てくだされ。きっと泣けてくるから。そしてしばし、団塊世代の壊し屋に解体されてゆく日本にさめざめと涙したなら、思いっきり再生へ向けて、鼠退治に出かけよう。

WIKIで経歴見ると、チ婆、ハハ、、こん棒火炎瓶持った全共闘世代、しかもその熱情は日本海を超え燃える典型的半島つながりの左巻きの青春、、。 左巻きの大長老 田英夫 も亡くなられたことだし、これで『テロリスト延命嘆願署名議員』も一掃できればいいんだが、、、。

辛光洙を含む政治犯の釈放嘆願書に署名した議員

Giin

ちなみに、タナちゃんはこう。まあ、、お家柄もよろしく元官僚で弁護士もやってた超エリートですこと!
 


棚橋康文(WIKI)
Banner

1986年 国家公務員試験I種試験、司法試験合格
1987年3月 東京大学法学部卒業
1987年4月 通商産業省(現在の経済産業省)に入省。
同期に泉田裕彦など。在職中に司法研修所に出向し、司法修習修了。
1992年7月 通産省機械情報産業局電子政策課課長補佐。
1993年1月 通産省退職
(のちに棚橋の退職時の肩書きの箔付け人事をめぐって「通産省4人組事件」と呼ばれた人事騒動が起きた。この事件は一部ジャーナリズムでも話題となり、高杉良の小説「局長罷免」の題材のひとつとなっている)
1993年2月 弁護士登録、大垣市内に法律事務所開設
1996年10月 第41回衆議院議員総選挙にて初当選
父は通商産業事務次官として通産行政に大きな権力を振るったことで知られる棚橋祐治石油資源開発社長(兼日本大学総合科学研究所教授、政策研究大学院大学・金沢工業大学大学院客員教授)。
祖父は松野幸泰(元岐阜県知事、衆議院議員8期、国土庁長官、岐阜県名誉県民)

◇◇◇
インタビュー 千葉景子さん(15期) 横浜国立大学教育人間科学部横浜付属中学校同窓会

ーどのような大学生活を送られたのですか?

実は私が大学生の頃は、いわゆる全共闘運動が華やかな時期で、中央大学はその中心の大学でした。ですから、大学生活の中で、学生運動が占める割合が大きかったですね。当時は学生全体が反権力という感じで、学校が閉鎖になることも多かったですし、実は授業に行くよりも喫茶店とか、雀荘とか、デモに行くということも多かったんですよ(笑)そのように学校が閉鎖になることも多かったものですから、何度か期末試験も中止になったりしましたし、私の卒業した年は卒業式が中止になってしまったんです。窓口に卒業証書をもらいに行ったことを今でも憶えています。 当時は学生運動は世界的な動きでした。そのころの学生世代は、いわゆる大人社会への懐疑心などがあって、社会に対して学生の感性で動かしていこうという強いエネルギーがあったように思います。私自身も、そのころのエネルギーは、その後の仕事・活動に対して何らかの大きな基礎になっているように思います。

ー大学在学中に、将来の仕事の目標なども見つけられたのですか?

大学在学中は、将来のことは考えつつも、学生運動まっただ中で、その間にあっという間に4年間が過ぎてしまったような感じでした。 司法試験を受験することを本格的に考えたのも、実は大学卒業間近のことで、「どこかの組織の中で生きるというのよりも、やはり司法試験をやってみよう」と思って司法試験の勉強を始めました。

ー司法試験の合格までは順調に進まれたのですか?

私が初めて司法試験を受けたのは、勉強を始めて1年くらいの時でしたが、全然出来ませんでした。 試験会場の代々木にあるオリンピック記念公園から帰るとき、ほとんどもうろうとしたような感じで帰ったのを良く憶えています。 当時は最も合格率が低かった時期で、私の周りにも大変苦労して勉強を続けている方が大勢おられました。

ー司法試験に合格された後は、横浜で弁護士をされたのですか?

司法試験に合格すると、「司法修習」といって、弁護士、裁判官、検察官という法律家になるための研修が、当時は2年間、2003年現在では1年6ヶ月間あります。 その2年間の司法修習を経て、横浜の「神奈川総合法律事務所」に所属することになりました。

ー政党は社会党で立候補されたのですね?

ええ。私が所属した法律事務所では、労働組合の顧問や、住民訴訟のようなものも扱っていました。たとえば、労働組合の争議に関する紛争ですとか、厚木基地の爆音訴訟、公害訴訟などですね。そのような紛争を扱っていく中で、活動を支援している社会党の方とご一緒させていただく機会もあって、社会党は身近に感じていました。そんな中で、社会党から声をかけていただいたんだと思います。

千葉景子 WIKI

音声とめて!」 民主党、千葉景子が国籍法をゴリ押し (2分過ぎ)
悪名高き「国籍法の改正」。意義があっても「別にご意見もない」とはこれいかに、、、?
この時、しっかり重国籍への伏線はられていたのね。

田英夫元参院議員が死去 社民党、07年引退

元社民党参院議員の田英夫氏が13日午前8時58分、呼吸不全のため東京都港区の病院で死去した。86歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は妻圭子さん。共同通信社に入社し第1次南極観測隊に参加。社会部長を経て1962年、東京放送(TBS)のニュース番組「ニュースコープ」のキャスターに転身。 67年、ベトナム戦争中の北ベトナムに入って米軍劣勢を報道したことが政治問題化し、キャスターを降板した。 71年の参院選全国区に社会党から出馬、トップ当選したのをはじめ比例代表や東京選挙区で計6回当選した。 この間、77年9月には中道勢力の結集を目指して離党し、翌年に社会民主連合を結成、代表を務めた。97年には社民党に復党、党外交・防衛部会長を務めるなど外交、防衛問題に取り組んだ。 2001年7月の参院選を機に健康上の理由から引退を表明。当時の土井たか子党首らの説得を受け入れて比例代表から出馬したが落選し、03年4月に繰り上げ当選。07年7月の参院選には立候補せず、引退した。
Popo3

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月10日 (火)

ポポ山代表の原点:資料『わがリベラル - 友愛革命」

鳩山由紀夫:わがリベラル・友愛革命(再録)
from: 『The Journal』New Spiral

(副題)「若き旗手の政界再々編宣言」

>> 高野さんには、私の言う「愛」「友愛」について本サイトで解説して頂きありがとうございます。
 その中で言及されている、私が『論座』96年6月号に寄稿した論文「わがリベラル・友愛革命」は、当時、新党さきがけの代表幹事を務める一方で、その約半年後の旧民主党結成に結実する新党運動に邁進していた中で執筆したもので、副題に「若き旗手の政界再々編宣言」とあるように、私の新党への思いの丈を表して多くの心ある方々に結集を呼びかける檄文の意味を持つものでした。
それから13年、ご承知のような経緯で図らずも民主党代表の責を負い、目前に迫った総選挙で必ず政権交代を果たすべく戦いを進めている今、私の持論である「リベラル・友愛革命」について広く国民の皆様にご理解頂くことが何より大切なことだと考えております。
その後13年間の経験や思索を踏まえて、近々改めて友愛精神についてより発展した形で論ずるつもりでおりますが、ここでは取り敢えず、13年前の論文のうち当時の政治状況や政策課題について触れた部分を出来るだけ除外し、「友愛」について原理的に語っている部分を取り出して、要約を作成しました(資料1)。 またその私の考えの元となっているのは祖父・鳩山一郎の「友愛革命論」で、それを示す祖父が1952年に書いた短文も添えますので(資料2)、併せてご一読の上、ご意見等お寄せ頂ければ幸いです。
 なお、《資料1》の......は1〜数行省略、 *は1〜数段落省略、●小見出しは原文のままです。 《資料2》では旧漢字を新漢字に置き換えました。<<

◇◇◇

ーという、前置き付きで始まる以下の文章が、イナダ姫が11月5日の予算委員会で『外国人参政権』に関する質疑した時に引用した文献。

ポポ山代表が代表としてミンス党を率いて今夏の総選挙を闘うにあたり、自身の思想のエッセンスを過去の論文から、まとめたものである。
これと祖父イチロー氏の思想の源流を辿ることにより、ポポ山代表の目指すワールドが、よりクッキリしてくる。

しかし、見よ!このブロガーの面々!
この『ニュース・ジャーナル』、、、テロ朝の別動部隊かのような‥。もしかして、対日民族洗脳策日本総司令部だったりして?
「サンプロ」で馴染みの顔のザ・マルキスト高野孟って、確かミンス結党時から、ずいぶん尽力したやつだったよね〜。ポポたんのかなり親しい、お友だちなのかしらん?

《資料1》わがリベラル・友愛革命

----鳩山由紀夫(『論座』96年6月号より、要旨)

 リベラルは愛である。私はこう繰り返し述べてきた。ここでの愛は友愛である。友愛は祖父・鳩山一郎が専売特許のようにかつて用いた言葉である。自由主義市場経済と社会的公正・平等。つきつめて考えれば、近代の歴史は自由か平等かの選択の歴史といえる。自由が過ぎれば平等が失われ、平等が過ぎれば自由が失われる。この両立しがたい自由と平等を結ぶかけ橋が、友愛という精神的絆である。

 世界の多くの国々に比べ、はるかに経済的に恵まれた環境にあるにもかかわらず、口を開けば景気の話ばかりする日本人は、最も大切なものを失っている気がしてならない。多種多様な生命が自由に往来する時代に、相手との違いを認識し許容する友愛精神は共生の思想を導く。弱肉強食と悪平等の中間に位置する友愛社会の実現を目指して、そして精神的なゆとりが質の高い実のある「美」の世界をもたらすと信じつつ、政治家として青臭いとの批判をあえて覚悟の上で一文を認めることにした。

 スペースシャトル「エンデバー号」で宇宙を飛んだ若田光一飛行士は、地球を眺めながら何を思ったことだろう。そして日本を見付けたとき何を感じただろうか。地図には国境があるが、実際の地球には国境が存在しないということを、どのように実感しただろうか。宇宙意識に目覚めつつあるこの時代に、国とは何なのか、私たちは何のために生きているのかを、いま一度考え直してみるべきではないか、政治の役割をいま見つめ直す必要があるのではないかと思う。とくに昨今、言論の府であるべき国会が自ら言葉を放棄してしまうなかで、国会議員の一人であることに痛烈な恥ずかしさを覚えながら、それでも政治家であり続ける覚悟であるならば、いかに行動すべきかを厳しく問いただしてみたい。

          *

 政治家が政治家であり続けたいという執着から解放され、政治家を捨てる覚悟で臨むならば、そして自分が今何をなすべきかを純粋に問い直すとき、恩讐を超え、政党間の壁を越えることは決して難しいことではないと信じている。問題は政治家を捨てる覚悟ができるかであるが、あとで申し上げる友愛革命の原点は、政治家にとってはまさに政治家を捨てる覚悟にほかならない。

 初中からとは残念ながら言えないが、私も職業上、空から日本の国土を眺め下ろす機会は多い。そのようなとき、ふと日本はだれのものかと考えることがある。何げなく私たちは、日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。

 しかし、思い上がりもはなはだしいと言うべきだろう。日本には現在、135万人の外国人が住んでいる。日本の人口の1パーセント強である。内訳は、韓国・朝鮮人が約半数の68万人、中国人が増えて22万人、ブラジル人も4年間で3倍近くの16万人、以下フィリピン人、米国人、ペルー人と続く。

 まず、他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である。これは外国人にとって、日本は住みにくい国であることを物語っている。米国に留学した経験から、米国は異邦人に住みやすい国だと実感している。外国人は必ずしも米国人のホンネに深く入り込むことはできないし、潜在的な差別意識もないとは言えないが、それでも基本的に「開かれた社会」であることが外国人を米国びいきにするのだろう。語学習熟の困難さも手伝っているが、日本に来ている主としてアジアの留学生が、概して日本嫌いとなって母国に帰るのと大きな違いである。国際化といっても形式にしか過ぎず、日本人の心はけっして外国人に開かれていない。

 この環境のもとで、高知県の橋本大二郎知事が一般事務職員の採用に国籍条項をはずすことを主張されているのは、誠に注目に値する。案の定、自治省が強く抵抗していると聞く。閉じた日本の風土からは当然の反応なのだろうが、地方分権の声が泣く。また新党さきがけの錦織淳議員が中心となって、定住外国人に対して地方参政権を与える問題に取り組んでいる。これに対しては自民党からの反発が強く、議論が停止した状況になっている。

 私などはさらに一歩進めて、定住外国人に国政参政権を与えることも真剣に考えても良いのではないかと思っている。行政や政治は、そこに住むあらゆる人々によって運営されてしかるべきである。それができないのは畢竟、日本人が自分に自信がないことの表れである。日本があらゆる人々の共生の場となるために、日本人の自己の尊厳が今こそ尊重されなければならない。

 実は、人間中心主義の考え方そのものが思い上がりであり不遜なのである。この世の中には人間だけでなく、動植物などの生命体と水や空気や鉱物などの非生命体が存在している。人間以外を自然とか環境とかひとくくりにして、自然保護とか環境保護とかを唱えているが、その言葉自体がおこがましいのである。

 まず、自然の有するエネルギーがしょせん人間には計り知れない規模であることに畏怖の気持ちを抱き、自然と共に生かされているという感謝の気持ちで行動する原点に戻らなければならない。人間が物質的豊かさの虜になり、自然を制圧し都合良く自然をデフォルメするために英知を駆使するようになって以来、自然のバランスは破壊された。天然記念物はそれなりに大事にするが、そこいらに咲く草木は切ってもいいという発想は間違いである。むしろ、どこにでもある種ほど、エコロジーのサイクルのなかで役割を担っているとも言えよう。

 不可逆過程の行き着く先は命なき世界であることを認識するならば、経済社会活動にいかにエコロジカルな意味での可逆過程を組み入れていくかにこそ、最大の英知が注がれなくてはならない。国内的には、国民意識の啓発上からも環境税の導入が検討されるべきであり、地球的には南北間の調和が図られなければならない。地軸が南北両軸を結んでいる以上、東西問題は人為的、刹那的であり、南北問題は自然的、永久的である。したがって南北間の対立は今後さらに熱を帯びてくるが、この解決にあたっては南が経済的に北に追随する速度以上に、北が環境において南を支えていくことが不可欠となる。人間と自然との共生は、また南北間の共生でもある。

●美の国・日本を復興したい

 私がゴルフをあまり好まないせいかもしれないが、機上から眺め下ろしていくつものゴルフコースが視界に入るとき、バブルの爪で国土が抉り取られてしまったような誠に悲しい心持ちになる。......別にゴルフに恨みがあるのではなく。象徴的に目に入るので申し上げたのだが、国土が経済活動の食い物になってしまった顕著な実例である。もっと遡って考えれば、戦後日本の経済成長が歴史的に日本人が最も大切にしてきたもの、すなわち美徳を奪ってしまったのではないかと感ずるのである。

 私は、日本の政治が、そして日本人が呼び戻さなければならない最大の価値は「美」だと信じている。友愛の提唱者でもあるクーデンホーフ・カレルギー伯は、日本を美の国と呼んだ。彼の著『美の国』には次のようなことが記されている。

 古代ギリシャ・ローマ時代の道徳は美を基盤としていた。そして神学に基盤を有する「善と悪」の対立の代わりに、美学を基盤とする「気高さと卑俗」という対比が生まれた。プラトンは倫理的な価値と美学的な価値を一致させていった。一方で、孔子の儒教は理の原理を基盤としており、それは調和、換言すれば美を基盤としていることになる。孔子の理想も気品の高い人間にあった。ところがヨーロッパでは、キリスト教の布教とともに宗教的、神学的倫理観が勝るようになり、中国では共産党の思想が儒教を破った。結果として、日本が儒教に基づく美的倫理観を有する唯一の大国となったのである。

 日本をほとんど書物のみで理解されたクーデンホーフ伯のことゆえ、やや美化されすぎているきらいもあるが、日本には少なくともかつて武士道に見られるように、「美」を尊ぶ精神が強く存在していたことは事実である。

 第2次世界大戦に勝利した米国が日本の武士道精神の復活を恐れたこと、そして敗戦後の日本を急速に立ち直らせるために導入された欧米型経済合理主義が実に見事に機能したことにより、経済的価値が美的価値を浸食し、「美」に対する倫理観が日本社会から消失してしまったのではないかと考える。経済合理性から外れた価値が捨象され形骸化してしまったことが、日本の今日的不幸ではないかと想像する。

          *

 議会制民主主義の基本である論争という美的倫理が欠如している現在の日本の国会の現状は、きわめて重症と言わざるを得ない。美的倫理観の欠如は、しかしながら何も政治に限らず、卒業より入学重視・知識偏重の学校教育、責任回避の論理渦巻く官僚制度、住専に見られる常軌を逸した金儲け主義の業界など見渡す限りである。私は日本を今一度「美の国」に戻すため、美の心と友愛の精神を基軸に、日本の政治を根底から見つめ直して参りたい。

 過日、「フォーラム日本の進路」で講演された隅谷三喜男先生は、日本人に哲学がなくなったと慨嘆されていた。確かにそのとおりだと思う。厳しい政治不信のなかで、一見甘すぎると批判を覚悟のうえで、あえて私は美的倫理観と友愛精神を自分の人生の原点、いわば哲学と捉えて行動していきたいと考えている。

          *

●さきがけの否定も恐れない

 私たちは3年ほど前、武村正義を代表とする新党さきがけをたち上げた。一人ひとりの決断による結集であったが、共通する心は、四方が保身的な政界のなかで、自分たちは保身的行動から解放されたいという願いであった。政財官の甘えの構造にぬるま湯のごとき心地よさを感じながら、必死に誘惑と闘い、そこから抜け出す決心であった。身動きの取れない日本の政治・経済・社会・行政に一石を投じ、機構改革のさきがけにならんとの覚悟であった。新党さきがけ結党の日に、10人の同志が見せた満面の笑みは、しがらみから解放された喜びであった。この日の喜びの表情を、再び取り戻さなければならない。

 私は今でも、社会全体の根本的な改革を期待している国民は多いと信じている。否、ますます潜在的には増えていると思っている。では、なぜ国民の期待感が伝わってこないのか。なぜ私たちから喜びの表情が消えてしまったのか。それは、事実であるかどうかはともかく、改革を唱える国会議員の声は純粋に国民のことを思って発されているものでなく、結局のところ自分たちの政権獲得のため、選挙のためであり、本気で行動する覚悟などない、と国民に確信されてしまったことに尽きる。

           *

 私は、党の存在が否定されることを恐れない。......この3年間の総括として政治家の信頼回復のために政治家がなすべきことは、一片の政策を示すことではなく、選挙を恐れず信念に音付いて行動する勇気、覚悟を示すことであると確信している。

●政治家を捨てる覚悟

 すでにさまざまなところで述べたことだが、私は友愛精神の本質は自己の尊厳の尊重にあると説いている。宇宙の中で生かされていることに感謝し、偶然ではなく必然としてこの世に生かされている自分自身の可能性に目覚め、自己の尊厳を高めることに最大の努力を払う。自己を高めて始めて他者に優しく振る舞うことができる。自愛が利他を生む。意見を異にしてもそれを許容し、品格を信頼し友情を結ぶことができる。これが友愛精神である。

 日本人は議論下手である。それが議論のない形骸化した国会を生んでいる。政治家はしばしば、議論が合わないと相手の品性を疑い、憎悪の感情を持つ。政党や派閥の離合集散が、政策よりも愛憎の感情でなされるゆえんである。相手を許すことができないのは、自分に自信が欠如しているからである。55年体制という言葉が批判的響きを持つようになったころから、最も自己の尊厳を喪失した職業は、残念ながら政治家であったのだろう。

           *

 今政治家に最も求められているのは、自己の尊厳の回復である。端的に言えば、政治家を捨てる覚悟である。この覚悟を持った同志の結集が日本の明るい未来を開くと信じたい。これが友愛革命である。

           *

 戦後50年の経済発展の陰で蓄積されてきた膿とツケを後世に残さぬために、私たちは膿をかい出して治療し、ツケを支払うよう最善の努力をせねばならぬ時期にいる。美的倫理観に基づき先憂後楽の発想で臨むことが、今に生きる政治家の務めである。この作業は、選挙を恐れていては叶うはずがない。ややもすると近視眼的になりがちな人の心に、その人々に選挙の洗礼を受ける者が、より遠くを見、視野を広げることを勧めることは容易ではない。しかし、自己を高め、そこの正義を見いだし、政治家を捨てる覚悟さえあれば、自然体のまま歴史の変曲点で舵をとることができよう。

●リベラル合同を成し遂げる

 今ここに新たな政治潮流を起こさなければならないと決意している者が、個の自由と責任のもとに一人ひとりの決断によって党派を超えて集合、協力するシステムの構築が、保身的行動との対比において求められているのである。それは個の自由による連合であり、リベラルを友愛、すなわち自己の尊厳の尊重と解すれば、「リベラル合同」と呼ぶことがふさわしいであろう。

           *

 戦後50年の延長上に、私たちは日本の未来を見いだすことができない。その鍵は、この50年間の経済発展とともに固定化されてきた政財官の相互もたれ合い構造から脱却しうるか否かにあり、それは政治の場からの解決しかあり得ない。したがって政治が未来の扉を開き得るかは、政策の善し悪し以前に国民に厳しい選択を強いる「志」を政治家が持つか否かにかかる。

 かつて、さきがけが試みたように、いま一度私たちは「志」の確認を図っていかねばならない。新たな政治の流れは自己の尊厳の確立と共生、すなわち自愛と利他というデュアルメッセージに基づく友愛リベラリズムであり、その形成は保守合同に対比して「リベラル合同」と呼ぶことができよう。

「リベラル合同」への道程は、基本的に一人ひとりの決断によって拓かれていくべきであり、それは単に政党の構成員を規定するばかりでなく、政党のあり方や政策、さらには政党間の連携も規定していくことになる。個の自由がより保証される姿として、柔軟性のあるネットワーク構造が求められていく。そのことによって人間は、人為的な国益、省益、企業益といった既得権益の壁を乗り越え、市民益と地球益の重要性に気づくことになろう。この友愛リベラリズムが科学的論理性という美意識も含めて、日本が失っていた美的倫理観に裏打ちされるとき、真に日本人らしい政治が生まれるものと確信する。▲

◇◇◇

資料2》友愛革命論

----鳩山一郎『ある代議士の生活と意見』(1952年刊所収、全文)

 歴史というものは、よく味わってみなければならない。時によってはにがく、時によっては厭な舌ざわりを感ずる場合もある。が、眼をおおってはだめだ。よくあじわう必要がある。味わって、再びあやまちを犯さないようにすれば良薬である。

 私たちの過去は、一たび外交と内政のよろしきを誤れば、その結果がおそろしいことになる----という事実を雄弁に物語っている。これは貴重な歴史の教訓である。これからの外交と内政のなかに、十二分に生かして行かなければならない。そうしてゆく責任もある。

 大体、日本を破局におとしいれた原因はかずかずある。一つに止まるものではない。しかし、その大きな原因として、政党政治が国民の信頼をうしなったこと、そのために軍閥政治が台頭したこと、ついに議会政治が没落したことを、私は大きな原因であると考えている。だからこれからは、なにはおいても、政党も健全な発達による議会政治を中心に、外交と内政を展開してゆかなければならないと思う。一口にいえば、デモクラシーの堅持である。だがこれにも方法がある。なぜ、戦時中日本が、デモクラシーをまもりえなかったかをしらねばなるまい。英国をみるがいい、長い議会政治の伝統が、おのおのの生活のなかに、自然に浸透し、融合しているのだ。だから現実に足のついたものになっている。そうなればけっして、全体主義・共産主義の理屈にごまかされはしない。決して簿婦緑野専断の入りこむよちはあたえないのだ。

 したがって私は、これからは現実の生活にゆきわたったデモクラシーを主張したい。デモクラシーというものを、現実の生活のすみずみにまでも滲透させたい。

 なるほど今の日本を考えてみれば、米軍の占領期間中、民主主義の洗礼は受けた。いろいろな制度が、デモクラチックに改革はされ、形だけはととのえることができた。しかしそれが、現実の生活に即した、身についたものになっているかというと、けっしてそうとはいいきれない。意識するしないは別として、まだ生活のある断面には、昔のさめはてぬ悪夢のあとがのこっている。アンシャンレジウムの痕癖がある。もちろんアンシャンレジウムの好さはのこしておいてよい。美しい伝統としてとどめておくべきだ。が、悪いものは払拭しなけばなるまい。そのぬぐいさらなければならないはずの悪いものがまだのこっている。それをのぞくことが大切だ。そしてデモクラシーを、生活のはしばしにまで滲ませて、身についたものにしなければならない。これが日本にあたえられた、これからの宿題であると思う。

 宿題をはたすために----まず私たちは、身の周辺のことをみつめたい。私は追放中に、友情の尊さ、ありがたさというものを、しみじみと感じた。追放中といえば、私の逆境時代である。よい環境にいるあいだは、巧いことをいって、寄ってくる人が多いが、一たび逆境におかれると、離れていく人が多い。手を翻せば雨となり、手を翻せば風となる----である。遂にこれ悠々行路の心と、「長安主人の壁に題す」という中国の詩もうたっている。こんなのは、いうまでもない非人情である。人でなしの世界である。しかし、こういうことでは民主主義をつくりあげることはできない。民主主義の基礎は友情である。友情の一つ一つを、煉瓦のように、しっかりとつみ重ねてこそ、立派な民主主義の殿堂が築きあげられるのである。

 友情というもの----私はこう思っている。人間誰しも、自分をいとおしむ気持がある。そうした自分にたいするのとおなじ愛情をもって、他の人に接触してゆくこと----これが友情である。読書する時間もあまりない私だが、時にふれ折にふれ、「孟子」を読む。孟子はこんなことをいっている。

 ----人は誰でも、人に忍びざる心がある。たとえば今、井土に落ちようとする赤ン坊がいるとすれば、誰でもがこれを救おうとする。その時の心は、べつに赤ン坊を救って、人に感謝されようなどという気持はない。ほめられようなどという名誉欲もない。つまり真心があるがゆえに、赤ン坊を救うことになったのである。つまり人には忍びがたい真情があるのである。----

 孟子はこの真情を惻隠の心といっている。惻隠の心は仁の端である。言葉は違うけれど、こと真情が友情にもつうじている。友情にもやはり、利害打算があってはならない。自愛と愛他、わけへだてない感情が友情の真髄である。丁度、エマースンが、人間と人間の交際を、独立国と独立国との交際のように考えたらいい----といっているとおりである。この友情がなくては、現実の生活にぴったりした民主主義は、とてもできないのだ。

 さらに民主主義を身についたものにするためには、智がなくてはいけない。知識を欲し、知識をもとうという気持がなくてはならない。それがないとしたら、これは衆愚政治の世のなかになってしまう。知らしむべからず、依らしむべし----という、民の愚かさのうえに立っていたのは、徳川幕府の政治、つまり封建政治であった。智がなくては、封建的な政治が横行する。また、独裁政治をまねく。戦時中はどうだったろうか。国民はアメリカの軍事力や経済力の知識をもたなかった。日本の軍事力や経済力にたいする知識もあたえられなかった。無智にされていたのである。この無智のうえに、独裁政治がなり立っていたわけだ。

 どうしても民主主義には、智が必要である。だから私は一時、健康がゆるすならば、全国をひろく遊説して歩きたいと思ったことがある。いろいろな世界の情勢その他をしらせ、国民のめいめいに、知識をもってもらいたいと思ったからである。

 とまれこの友情と智がありさえすれば、民主主義的な楽しい生活ができる。そうした生活ができさえすれば、そこの社会にはおのずから、音色の高い民主主義のハーモニイが鳴りひびくことになるであろう。

 先だっての8月12日、私は日比谷公会堂で、政界復帰後はじめての公式演説をした。たまたま立候補の演説会にもなった。その冒頭、私は友愛革命ということをいった。

 ----新日本は、新憲法のいしずえたる民主主義が理想としてかかげる自由主義をよく理解し、同胞たがいに相愛して友愛革命に一致結束して邁進すれば、政治は明朗となり、産業は振興し、職なき者なく、働きえざる人には社会保障の十分な施設をなしえて、日本はかつての日本よりもさらに明朗な繁栄した国になると信じている。

 と話したが、こと友愛革命ということも、要するに友情と智の問題である。友情と智を両輪とした民主主義政治の確立、このための改革を目ざして、私は友愛革命というのである。べつにむずかしい言葉ではない。私の日頃思うところの現実的な考え方を、そう呼んだのである。▲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 9日 (月)

『反-友愛革命』始動:稲田朋美という女性戦士

Sannseikenn

去る11月5日、衆議院予算委員会は、歴史に残る議論となった。 まさか、、ポポたんの、宇宙スケールの”大きな愛のテーマ"を生の演説で 味わうことができるとは、、、。

以下、イナダ姫とポポのやりとり。
外国人参政権の危険度は、今更語らないが、過去のポポの思想とも比較検証することで、ひとつの帰結を見る。
ここで文字お越ししたものがあったのでしっかり保存して、以前の論文と比較してみよう。

稲田朋美国会質問『外国人参政権』

Inada

稲田議員

「今日は総理に、総理の仰る友愛、政治の原点、大きなテーマ、愛のテーマについてお伺いをいたしたいと思っております。総理は『日本列島は日本人の所有のものではない』と今年の4月インターネットの動画サイトで発言され、話題になりました。その後、その発言の真意を問われ、総理は『国民の皆さんに大いに議論してもらいたい、これは大変大きなテーマ、 まさに愛のテーマだ。友愛と言っている原点がまさにそこにあるからだ。地球は生きとし生ける全ての者のものだ。そのように思っている。日本列島も同じだ。』と仰っておられます。
総理の友愛政治の原点が『日本列島は日本人だけの所有物ではない』ということを仰ったわけであります。さて、外国人参政権の問題についてお伺いをいたします。総理は平成13年当時、民主党の代表であられたわけですが、民団の新年会で『様々な歴史の重みの中で永住され、幸せを願っている皆様方に、地方参政権を差し上げるのは当然だ。』と挨拶をされた様です。
いったいいつから総理は『地方参政権を差し上げるのは当然だ』と思っておられるのでしょうか?それは民団からの要請を受けられてそう思われたのか?それとも自発的にそう思われているのか?ちなみに朝鮮総連は参政権付与に反対しているようでありますが、 いったい誰のために地方参政権を差し上げようと思ってらっしゃるのか?総理の外国人参政権付与これは友愛政治の帰結なんでしょうか?簡潔にお答えください。」


鳩山総理

「宇宙ができて137億年。そして地球ができて46億年が経っているわけです。その中で私は地球がまさに生きとし生けるもの、人間のみならず全ての生命体、ある意味では生命がないものに対しても存在しているものだと、その様に思っております。その中で地球ができ、そしてその中で日本列島ができているわけです。 言うまでもありません。主権は日本国民にあります。それを譲れなどいうことを申し上げてるつもりも毛頭ありません。主権者としての国民の権利というものはしっかり守らなければなりません。
しかし、日本列島、あるいはどの国でもそうですけれども、その国にいる人のみならず、外からも来られる人もいる。外から外国人が来られて生活をされている。その人たちの権利というものも当然守らなければならない。それは日本列島の中で主権を持っている日本の国民としてのある意味での義務であり権利だと、そのように思います。私はそんな思いのもとで、この外国人の地方参政権の問題も前向きに考えていきたいと、その様には考えてはおります。
しかし、政権をとって、今この辺を見回してもですね、まだ民主党の中にも、これは大変大きなテーマであることは間違いありません。それだけに、多くの様々な意見があることも事実であります。今、私としてそのことを強引に押し通すことを思っているわけではありません。国民の皆さんの意思というものも大事にしながら、また、政党間を超えて大いに議論をして、そしてその方向で、その方向というか、みなさん方の議論を煮詰めて解決をされていかれるべきものだと、その様に考えております。」


稲田議員

「総理、私の質問に簡潔に答えていただきたいと思いますのは、たくさんの質問を用意しておりますし、総理のお考えを聞きたいと思っております。
さて、私は外国人参政権をたとえ地方参政権であったとしても与えるのは、憲法15条の『公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である』という、この憲法15条の規定に違反していると思っておりますが、先ほど総理のですね、外国人の方々の権利を守らなきゃいけない、その通りだと思います。だからと言って参政権を与えるか どうか、これは別問題でありまして、この憲法15条との関係について総理はどのようにお考えでしょうか?」

鳩山総理

「お尋ねの、確かに法改正が必要な部分も、あるいは・・・憲法失礼、憲法15条・・・、失礼、 憲法の問題・・・、憲法ですよね?憲法15条というものに対して、私は、従いまして、様々な難しい問題があるということは認めておりますが、必ずしも憲法に抵触をしないでも、地方参政権を与えることは可能ではないかとその様に思っておりますが、しかしいずれにしても難しいテーマで、根幹に関わる問題でありますだけに大いに議論を、こういった議論をしていただきたいと、その様に考えております。」


稲田議員

「ドイツ、フランスではEU加盟国の外国人に地方参政権を与えるために憲法を改正をいたしております。この憲法の問題、特に15条は国民主権から派生する非常に重要な権利でございますので、この点について憲法議論をきちんとしていただきたいと思います。憲法調査会等でしていただきたいと思います。
さて、政治資金規制法とこの参政権の問題についてお伺いをいたします。政治資金規制法22条の5は、『何人も外国人から政治資金に関する寄付を受けてはならない』とこの様に定めております。ちなみに次の22条の6は、先程来、まぁ昨日来、この委員会でも問題になっております、偽装個人献金を禁止している規定ですので、総理自らよくご存知の規定でもございます。
『政治資金規制法が外国人からの寄付を禁止しているのはなぜか?』ということでありますが、これは我が国の政治やそして選挙が外国人や外国人の勢力から影響を受けることを未然に防止しようという趣旨からでございまして、罰則も設けられております。罰則は3年以下の禁固、 または50万円以下の罰金が処せられているわけでありますが、つまり政治資金の寄付という間接的な方法であったとしてもですね『日本の政治やまた選挙が外国人、もしくは外国の勢力から影響を受けないようにする』これが政治資金規制法の規定でもあります。
地方参政権を外国人の方々にお与えをするということは、寄付以上に、もっと直接的に日本の政治や、また、選挙に影響を与えることになると思うのですけれども、憲法問題はさて置き、憲法問題のことは横に置くとしても、この政治資金規制法の趣旨と地方参政権の問題についていかがお考えでしょうか?」


鳩山総理

「今、お尋ねがございました。私は地方参政権の議論は、だから大変に根幹に関わる非常に難しいテーマだというふうに思います。お尋ねの様に、政治資金規制法において外国人からの寄付は受けられないと、その様になっていることも承知をしております。それはそのことによって外国の意のままに、もし日本の特に国政が大きく動かされてしまうということに対する懸念から生じているものだと思います。まぁ地域においてどうだという議論は或いはあるかと思いますが、 それだけにその難しい問題も孕んでいるということは理解をしていおります。
一方で、私は、しかし、外国人によって日本がゆがめられるというよりも、大いに外国人との共生の日本をどうやって作るかという議論も他方で大変重要なテーマだと、その様にも思っておりまして、そのような観点から確かに法律上に縛られてる難しいテーマである部分もあろうかと思っておりますが、一方の考え方というものも理解をしながら、大いに、先程申し上げました様に国会議員の皆様方で議論を進めていただければありがたい、その様に思います。」

稲田議員

「あの、共生の問題とこの参政権の問題というのは全く別の問題ですし、まぁ情緒的な感情でこの地方参政権、参政権の問題を考えてはいただきたくないなと思っております。
実はこの、総理の『日本列島は日本人だけのものではない』というこの御発言ですけれども、私最初聞きました時に失言か何か、口がすべったのかなと思いましたら、そうではなくて、非常に重大な意味を持つ、総理にとって大変思い入れのある言葉なんだということを、まぁ総理の書かれたものなど読み返していくうちに気づいた次第でございます。
例えば平成8年6月に論座という雑誌の中で『わがリベラル友愛革命』という論文を寄せられております。この中で総理が仰っている言葉を少し引用いたします。『友愛革命の原点は、政治家にとってはまさに政治家を捨てる覚悟に他ならない』と仰っています。そのあと、『なにげなく私たちは日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。しかし、思い上がりも甚だしいというべきであろう。』、
この後に、地方参政権を与えるべきだというようなことを書かれた上で、さらに続けて総理は『私などはさらに一歩進めて、定住外国人に国政参政権を与えることおも真剣に考えてもよいのではないかと思っている。行政や政治は、そこに住むあらゆる人々によって運営されて然るべきである。それができないのは畢竟、日本人が自分に自信がないことの表れである』と書かれてですね、総理は、定住外国人の方々に国政参政権を与えることを考えるべきだということを仰っているわけです。
大変私は驚きました。また平成14年8月8日付、これは資料で出しておりますが、この夕刊フジコラムで、民主党代表としてのご発言としてですね、『しかし友愛はそうはいかない。日本列島は日本人の所有と思うな、などという発想は日本人の意識を開くことであり、死を覚悟せねば成就は不可能であろう。私はそこまで日本を開かない限り、日本自体の延命はないと信じる。だから私がその先兵を務めたいのだ』と仰いまして、総理は死を覚悟してまで、『日本列島は日本人のものではない』という政策を進めるんだということを仰り、日本を開こうと仰っている。
そういった方が日本の総理におなりになったわけであります。この国のトップになられて、 悲願のですね『日本は日本人のものだけではない』という政策を遂行され、そして外国人参政権については、国政参政権まで視野に入れて考えておられるのか、その点について総理のお考えを伺います。」


鳩山総理

「当時私はその様な考えも持っていました。すなわち地方参政権を外国人に与えることに加えて、国政においても与えることも真剣に考えてもいいのではないかという言い方をしたことは覚えております。ただ、言うまでもありません、現在この立場の中で、今、地方参政権すらなかなか容易ではないという現実も理解をしております。その意味で、私としても常識的な行動の中で、皆様方の議論というものの深まりというものをぜひ導いていきたい。その様に感じているところでございます。」

稲田議員

「ただ、総理ね。『日本人は日本人のものではない』これを総理は死を覚悟して先兵としてやるんだと。そして国政参政権もその時は思っていたと。そういうふうに思っているんだと。 ただ、今、常識的に考えて、内閣やら党内の事情やら、そういう事情があるので、無理やりはやらないと仰るんですけれどもね、でも死を覚悟してやられていたわけでしょ?そして総理大臣になられたわけであります。政治家であることにこだわっていないとも仰っています。
民主党の一年生も議員もそうです。私もそうです。総理目指してますよ国会議員は。どうしてですか?自分の政治信条、そしてこの国を良くしたい。自分のためじゃないです。この国を良くしたいというその政治理念を実現するために総理を目指してるんじゃないですか。
総理、総理になられたんですから、それをやられるのが当然だと思います。やってほしいと言ってませんよ。私は反対ですから。でもですね、でもですね、総理の時にできなくて、いったいいつやるんですか?総理でなくて一議員になってそれができるんですか?その点の認識をお伺いいたします。」


鳩山総理

「私は当時の思いというものを確かに、今、徐々に今思い出しております。政治家として当然のことながら、身を捨てるぐらいの思いで行動しなければ成就しない。それもその通りだと思っておりますし、自分の信念は貫いてまいりたい。その思いは根底に持っております。
ただ現実の問題、状況の中で対処していかなければならないということも、私もこの歳になって理解を深めているところでもございます。そこで、今まさにお話を頂きましたけれども、私はやはり、この国のまさに将来を考えた時に、本当に、どう考えても私から見れば、閉じた日本列島、閉鎖的な日本列島、そのままで良いのかという思いは今でもあります。
それがただ単にこの解決の道が地方参政権ということでは必ずしもありません。しかしもっと開明的な開かれた日本を作っていかない限り、この国の大きないくつかのテーマの解決は極めて困難なんではないかと、その様にも考えております。従いましてこの国をより、地域、 国際的な社会の中でも開かれた環境というものを、私として、今、地方参政権の問題は問題として、トータルの中で作り上げていきたいという思いは捨てておらないところでございます。」


稲田議員

「総理の抽象的な思いはわかるんですけれども、そういった情緒的な感情から参政権の問題を考えるということは非常に危険だと思っております。また総理は随分前からの信念として、国政参政権を定住外国人に付与すべきだと考えていられたことには非常に驚いています。
外国人参政権と先程の憲法15条の関係がございます。外国人国政参政権は、地方参政権は言うまでもなく、国政参政権は今の憲法下では無理なんです。もっと言えば憲法15条は国民主権の当然の帰結で、国民主権をやめることはこれは憲法改正してもできない。それは当たり前のことであります。
これは憲法の規定であり、まさしく総理が仰っている革命なんですよ。総理の『日本の国は日本人だけの所有ではない』というのは国民主権を無視した革命の発言だと私は思います。
さて、現実的な問題についてお伺いをいたします。総理はこの問題について、また『仏教の心を持つ日本人が、世界で最も持っているはずなのに、何で他国の人たちが地方参政権を持つことが許されないのか』と仰っていますけれども、そんな情緒的な問題ではなくて、安全保障を問う具体的なことについてお伺いします。
今、国境の島である対馬が外国資本に買い占められております。海上自衛隊対馬防備隊の隣接地など島の不動産が買収をされております。参院の山谷えり子先生が会長の領土議連、 また亡くなられた中川昭一先生が会長の真・保守政策研究会でも取り上げ、また視察もしております。私も法務委員会で、外国人土地法というのがあって、日本の安全保障上問題のある所、外国人が買えないというその法律をなぜ適用しないのかと政府にも問いただしましたけれども、この危機感が残念なことに政府にはありません。
昨年7月に韓国の国会議員50名が対馬が韓国の固有の領土だとして、対馬返還要求決議案が国会に提出をされています。もし対馬に意図的に永住外国人が移住をして参政権を行使したらどうなるのか?対馬が韓国領だと主張する市長が誕生するということを考えなければならないと思いますが、こういった国境の島、国境の地方公共団体に外国人が地方参政権を行使することの危険性について総理はどのようにお考えでしょうか?」

鳩山総理

「領土は当然、この領土、及び国民、それが日本という国を構成しているわけであります。 それだけに、先ほども地方参政権と日本人の国民主権、主権というものとの関わりでお話しをされましたけれども、私は主権者は日本国民であることは変わりはありません。その日本国民の主権者でありながら地方の参政権というものは、別に矛盾なくできるものだという考え方も、一方であるということも申し上げておきたいと思います。
今、対馬の話がございました。対馬も当然のことながら日本国の領土であることは間違いありません。そしてこれは地方の方々がお決めになる話ではありません。国家として、守らなければならない話でございます。
それだけに当然のことながら、主権者である日本国民が、これは誰の目にも対馬は日本の領土であると、その様に我々としては100%信じて行動しているわけでありますから、そのことに関して地方の皆さん方が、たとえこの韓国の方が多少増えたとしても、そのことによって我々が領土を手放すような議論になるというふうには、まったく考える必要はないとその様に思っております。」


稲田議員

「信じるとか必要がないとかいう問題ではなくて、やはり危機管理の問題だと思っております。 対馬の有権者数は約3万人であります。ここに永住外国人、地方参政権を行使する方々が移住をされて参政権を行使された場合、こういった国境の島についてはそういったところまで危機感を持って考えなければならないと思っております。 さて、連立を組んでおられております亀井大臣、外国人参政権についてのお考えを最後にお伺いしたいと思います。」


亀井大臣

「日頃から稲田議員のお考えに共鳴できることも多々あるわけでありますけれども、まぁあの参政権の問題についても、私は日本に住まいされる外国人の幸せのためにはその方々の意向が、地方、また国政に反映されていくことが大事だと思われますけれども、しかしこの問題は、外国人の方々が偏住しておられる場所もある場合もあるわけでもありますし、まぁ将来そういう可能性もあるわけでありますから、そういうことを考えた場合も、私は慎重に考えるべきだと思います。
ただ、質問されなかった点にちょっと付言しますけれども、対馬の問題については稲田議員にしてはちょっと過敏すぎるんではないかと。そんなことを言い出したら、じゃあ東京では外国人は土地を取得して、『何で対馬でははいかんの?』と、『北海道では何でいかんの?』という、 私はそういうことにもなっていくと思います。 韓国との関係も友好に今後推移しなければならない時に、韓国に接している地域についてだけ、こういう問題を取り上げるということは、私は両国関係にとっても決してプラスにはならないのではないか?こういうことを危惧をいたしております。」


稲田議員

「ちょっと亀井大臣、私の質問を誤解をされましたので確認をいたしておきますが、私は対馬の土地を韓国の方々が買われる全般について言ったのではなくて、たとえば自衛隊の基地とか、日本の安全保障に関わる所の近くにその土地を買われることについての危機感のことを申し上げたまでであります。また土地を買うことと、それから参政権の問題とは別だと思っております。
総理の仰る友愛政治のその原点が、『日本列島は日本人だけの所有ではない』という言葉に集約をされていますが、これを突き詰めていきますと、日本の国を否定することにならないのかと。国民不在、そして総理の考えている友愛に国益やまた国民があるのかと。日本をなくして、世界政府を作られるのであればまだしも、日本の国の総理であるというそういった自覚を持っていただきたいと思います。」
◇◇◇
<鳩山由紀夫の友愛について> 幸福実現党総裁 大川隆法

2009年7月25日(苫小牧市民会館ホール)

『信仰なき者は愛を語るなかれ』抜粋 幸福実現党総裁、大川隆法。キリスト教では、「愛なき者は神を知らず」。私は、「神な き者、愛を知らず。信仰なき者、愛を知らず。」、さらに、「信仰なき者、愛を語るなか れ」とあえて申し上げた。『友愛』なる考え方が、正しいのかどうかを検討されてしかる べき。愛は、単なる同情ではない。愛は、悪を増長させることではない。仏教の基本的な 考えでは、悪いことをできるだけ抑え、善いことを推し進める。こうした善悪を分ける力 のことを、智恵と言われる。智恵がない場合は、愛は、場合によっては人を破滅させたり 、世の中を間違った方向に導いたりすることもあるので、指導者は智恵をもって、愛を与 えねばならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 8日 (日)

連載開始!『 YOU&I ポポちゃん1』

01b

*ご自由にお持ち帰りください.

◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『反- 友愛革命』始動:加藤紘一という国師 (2)

いやぁ〜、国会中継から目が離せません。
ゲルたん戦車の石破砲「マニフェストのパラドックス」と「安全保障の講義」、本日(5日)はイナダ姫の「外国人参政権と憲法15条との関係と拉致問題」ーと、毎日がとってもエキサイティング!よじれる腹筋、額に卍字、手に汗握る『反 - 友愛革命』が国会を舞台に繰り広げられている。
しかも素人に対する政治講義のように優しくゆっくり、、、まるで画面の向こうにいる無数の視聴者に対して真偽を見極める目を養えと、講義してくれているような気がする。

書きたいことがワンサカで、次々と目移りしそうだけど、しかし今一度、じっくりカトチャンゼミ(2009年11月2日予算審議会)のまとめを優先したい。この内容は、対米政策とともに、ミンス崩壊後の日本再生に向けても極めて重要となる予感、後の世にしっかり記録し残しておきたいもんね。

(2)マニフェストと財源

今年(2009年)夏の選挙で話題になった自民CM「プロポーズ」篇。

身の程知らずのドリームは単なる誇大妄想。大風呂敷き色男に対し、不安ととまどいを隠せない女。しかしよもや結婚後、エエカコシィで散財しまくり、、しかもドリームを実現するためには巨額の借金を厭わず、まさか一家破綻する将来におびえる日々がこようとは、、、、。

これなら結婚前の” 約束 "は「結婚したいがゆえの口から出まかせ」、騙しなら騙しだったんだと、もう詐欺でも売国でも許すから、早く正気に戻ってくれた方がどれだけましか、、、。 マニフェスト原理主義というカルトー、一番、タチの悪いタイプの男ね。

そもそもこの” 毒入りチャンコ闇鍋 "は、本年、7月7日のミンスの常任幹事会で決定されたという。ふ爺(現蔵相)の〜”いざとなったらケ●まくり” 〜発言が話題になった、ア・レだ。

▼7月8日読売朝刊

>>7日の常任幹事会。大蔵省OBで蔵相を務めた藤井裕久最高顧問は、財源を論じる若手議員にこう語りかけたという。「財源にはそこまで触れなくていいんだ。どうにかなるし、どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか」<<

カトチャン先生、結婚に関する男子の心構えをご教授なさる。 一家の大黒柱、妻子の人生を預かるという責任感(今の共稼ぎ当然と思っている若い男子にはわからんだろうが)。
まずは自分の稼ぎの範囲内で暮らせ。持ち家が欲しくなって銀行でローンを組むことはあるだろうが、クレジットカードで贅沢三昧や、生活が苦しいと安易に借金に頼ることなかれ。くれぐれもサラ金だけには頼るなと、ましてや二世代三世代ローンを組んで孫子の代まで借金漬けにすることだけは‥‥ー!

戦後、日本は何度か大きな経済危機と遭遇し、どうしても赤字公債に頼らざるを得ない時期があった。戦後の復興期から五輪開催を経て二度のオイルショックを経験、ニクソンショックにプラザ合意による急激な円高にも堪え、絶頂期に至り、、、そして第二の敗戦と言われたバブル崩壊。当時の蔵相らは相当の覚悟を持ってこの危機に挑んできたという。

戦後初の赤字公債発行は、東京五輪後の佐藤内閣の福田赳夫蔵相時代。
次は昭和50年代前半(1970年代)、カトチャン先生がまだ若かった第一次大平内閣の時代のお話。(あの「あ〜、う〜」で何言ってるのかよくわからないオッサンだと子供心に記憶していたが)

その頃、田中角栄〜短命の三木内閣〜と、景気刺激策として一環して公共事業による需要喚起に依存し、財政赤字を膨らませた。 さて、それを是正しようと、第一次大平内閣の時、一般消費税の導入をかかげてみたが、有権者の不評を買い総選挙で敗北。

結果、次期首相候補を巡る大平氏と福田氏はが、40日抗争(角福戦争の流れ〜第二次大福戦争)と呼ばれた自民党史上でも最も熾烈な党内抗争に突入。その後、憲政史上初の衆参同日選挙と続くのだが、、、。 (大平首相は選挙途中、心労で倒れ、その後死去する。同日選は自民党の空前の大勝) 

【詳説・戦後】消費税(2) 大平と中曽根 大平「大きなテーマだから争点に」より < /br>008.11.24

Fnc0905052139004p1_2

>>53年12月、大平は首相就任から数日後の朝、東京・瀬田の自宅で首相秘書官の森田一にメモを託した。  「これを聞いてくれ、宮沢(喜一)君に」。メモには政権運営に関する10の質問が記され、最後の項目は「一般消費税構想をどう思うか」だった。そりが合わない間柄だったが、大平は宮沢の見識を評価していた。メモを渡された宮沢は、最後の問いに「選挙があればちょっと…」と顔を曇らせた。しかし、大平の腹は固まっていた。  

大平は54年1月、一般消費税(仮称)の55年度実施を閣議決定。大平には三木内閣の蔵相時代の50年度、石油危機後の不況脱出のため、10年ぶりに赤字国債を発行した負い目があった。「自分の手で後始末をしないと、増発に歯止めがかからなくなる」(当時官房副長官の加藤紘一)との危機感からだった。  

9月に衆院選が公示され、一般消費税が争点となった。自民党内から反発が出たが信念は曲げなかった。当時、側近で前参院議員の真鍋賢二が撤回を迫っても、大平は「大きなテーマだからこそ国民に聞いてみないと分からないじゃないか」と一蹴(いっしゅう)した。
蔵相の金子一平が弱音を吐くと「あなたがぐらぐらしていいのか、貫きなさい」と怒鳴りつけた。しかし、公示から9日後の新潟市での記者会見で、大平は折れた。「国民の強い抵抗がある。導入によらずに財政再建の実を上げたい」。一般消費税導入を撤回したのだ。それでも自民党は過半数割れの敗北。その責任をめぐり「40日抗争」が勃発(ぼっぱつ)した結果、大平は事実上の少数内閣に陥る。55年5月に内閣不信任決議案が可決されて衆院を解散したが、選挙期間中に大平は死去した。<<

40日抗争を終えた後、大平総理とカトちゃん官房副長官は、まずい蕎麦を二人で食べていた。
前門の福田に後門の野党、進退に窮した大平総理がカトチャンに問いかける。

◇「福田がオレに辞めろと言った。けど、、、オレには辞める自由がない。」
◇ 「しかし、オレが死んだらどうなるー?次の総理は誰がなるんだーっ?」
沈黙しうつむくカトちゃん。
◇「言ってみろ〜っっっ!!」
◇「、、、、、」

◇「日本を救えるのは福田が総理になるしかー、ないだろーっ!!」

それは狂気の目だった。つい昨日まで宿命の敵であった福田を次期総裁にーという大平首相。
それはどす黒い権力欲に取り憑かれたかのように見えても、政局、私怨、私欲よりも、遥かに、、 国家運営の大義に重きを置き、国民に責任を持つ政治家が持ち得る狂気すれすれの正気か、、、。(by カトちゃん先生)

>> 大蔵省幹部として福田に仕え、次官退任後は衆院議員に転身、経済企画庁長官を務めた相沢英之(89)=東京福祉大学学長=は「福田さんは財政規律に厳しかった。皮肉にもその人が戦後初めて赤字国債を発行したわけだが、オレがやらねばという使命感があったのだと思う。 政局より、国家をどうするかという大局を考える本物の政治家だった」と語る。<<

さて、その次に赤字公債を出したのが、94年の非自民時代の細川政権下。
時の蔵相は現蔵相のフ爺。。。因果な巡り合わせで、亀たんの強引な日本郵政の社長人事で物議をかわした、斉藤次郎氏は、当時の事務次官であり、国民福祉税を唱えて失脚したお役人。

元大蔵事務次官斎藤次郎・日本郵政社長
2009.10.21 極東ブログ

>> .... 赤字国債に突き進む政府に対して、大蔵省としてはなんとしても財源の確保をしておきたかった。斎藤氏の正義でもあっただろう。 当時のこの状況は、現下の状況に重なるものがあり、斎藤氏の心中を察する材料にもなる。高齢化に向かう日本の末路は15年前にもはっきり見えていた。未来の日本を支える確実な税収が必要になる。直接税の比率が高ければ安定した税収は見込めない。大蔵省の人員で対応すらできないのだ。欧州並みの間接税の仕組みを日本になんとしても構築しなければならない。それはそれなりの正義でもあるだろう。失敗した革命には粛正が伴う。6月30日に成立した自社さ連立政権で、先鋒を当時の野中広務自治相が担った。野中氏にはお調子者の援軍もいた。それが誰であったか覚えている人はいるだろうか。.... <<

政府主導か財務省主導か、かつての甦る護送船団の亡霊、この辺りの背景が過去にダブル写しとなる。そして今後予測される赤字国債の発行を郵政とがっちり組んで、ファイナンスしていくつもりか?かつての大蔵省が再び実権を握る伏魔殿”ネオ大蔵省”の復活か、、、?「脱官僚」何それ〜?担ぐ神輿は軽くてバカなほどいいって〜? 

巨大な権力の巻き戻し、我々はデジャブを見ているのかー?

Fnc0905052139004p2_3

カトちゃん先生は続ける。

財相というのは赤字国債発行に関しては、とても責任を感じるもの。

「藤井さん、心配でしょ〜?ウフフ、夜も眠れないでしょう〜?」

「マニフェスト辞めますか〜?フフフ、それとも増税いたしますか〜?」

「それとも国家デフォして後世に名を残す蔵相になりますか〜?」

カトちゃん、この手の嫌み云わせたら、不気味さで右に出るものはない、、、、。

年収350万円の家庭が年に1000万円の消費行動をする。足りない分は、サラ金で調達。しかもこれまでの積み上げた借金の合計は、二世代〜三世代〜、、、と、一億円にものぼる。もし、金利(10年物国債が売れなくなって)が上がって、利子支払いが返済額を上回ったら、、、、?

我が国の財政事情 21年度政府案(財務省)
来年度の国債発行額「44兆円超えも」 財務副大臣
 2009年11月7日19時28分

1_3

日本には個人資産が1400兆円あると云われている。国債も国内で消化されているので国家デフォルトなんて、日本とは無縁なヨタ話だと思っていたが、さて、ホントのところどうなんだろう?
だってお先真っ暗だと思う日本人が、今後も馬鹿みたいに安い国債買い続けるってか〜?

ーま、、絶対、”ゴメ〜ン”ーでは済まされないわなァ。我々は、革命政府の手による壮大な財政実験の中にもいる。願わくば、党マルごと友愛ーーーーーーってトコロ。

赤字国債で日本の財政は破綻するか
2009.11.06 極東ブログ

▼ Robert J. Samuelson Up Against a Wall of Debt How much can governments borrow?
「先進国がデフォルトする日」
Oct 29, 2009

*参考記事

◇◇◇

【 詳説・戦後】赤字国債(1)福田は神に祈った
2009.5.5 21:34

追加経済対策を裏付ける平成21年度補正予算案は、財源として約10兆8000億円の国債発行を伴っている。そのうち約3兆5000億円が赤字国債だ。財政法により発行が許されない赤字国債だが、昭和40年度補正予算で、佐藤栄作内閣の福田赳夫蔵相が東京オリンピック後の景気対策のため、特例法により禁を破った。 50年度補正予算(三木内閣)で発行を再開して以来、バブル経済で税収が増加した一時期を除き、歴代内閣が発行を重ねてきた。借金のための借金とも呼ばれ、膨大な財政赤字の要因となった赤字国債は、景気対策に本当に必要だったのか。それとも財政規律を忘れさせる“麻薬”なのか。「詳説・戦後」第14回は、その歴史を探った。(敬称略)  

■戦後初の発行

 昭和39年7月10日に実施された自民党総裁選は、3選を目指す首相の池田勇人と佐藤栄作の間で、現金も飛び交う激烈な争いとなった。後に佐藤内閣で蔵相を務めた福田赳夫は池田の高度経済成長政策を批判、反池田の急先鋒(せんぽう)だったこともあり、佐藤を支持した。  総裁選前日の夜、福田は義理の息子で当時は大蔵官僚、蔵相就任後は秘書官に起用した越智通雄(80)=元経済企画庁長官=を東京・永田町のヒルトンホテルに呼び出した。「佐藤さんが当選した場合の政策要綱を口述するから整理してくれ」。福田の言葉を越智はホテルの便箋(びんせん)にメモし始めた。福田は「アフターオリンピックが問題だ。公債を発行して大減税しないと日本の景気は危ない」と、建設国債の発行と3000億円の減税実施を盛り込む考えを示した。  戦前の国債乱発で過激なインフレを招いた経験から、当時は「国債発行は一切やめよう」という空気だった。池田内閣も歳入と歳出が同規模の均衡財政政策をとっていた。福田の政策はそうした戦後の経済・財政政策を全面転換するものだった。総裁選の結果は池田が過半数をわずかに上回り3選。しかし11月、池田は病に倒れて退陣し、後継は実力者会談で佐藤が指名され、佐藤内閣が発足した。

■高橋是清を手本に  

「不況回復は君に任せる」。佐藤は福田を蔵相に起用し、経済・財政政策のすべてを任せた。佐藤の言葉に感激した福田は奮起した。39年の東京オリンピックで好景気に沸いた日本経済は、40年に入ると池田内閣の高度経済成長の反動から深刻な不況に陥った。山陽特殊製鋼の倒産など企業の経営は悪化、国の税収も急速に落ち込んだ。

 「時期は別として、いずれ公債発行に踏み切らなければならない」。 40年6月3日に行われた佐藤内閣改造で蔵相に留任した福田は記者会見で、国債発行の方針を初めて表明した。ただ同時に「財源難から赤字国債を出すことはしない」と明言した。  福田が手本としたのは、昭和2年の昭和金融恐慌時に田中義一内閣で蔵相に就任、4年の世界恐慌を克服した高橋是清の政策だった。高橋は救国国債を発行し、景気が回復すると国債を減少させる政策をとった。これにより日本は世界で最も早く世界恐慌による不況を脱出した。 福田は著書「回顧九十年」(岩波書店)で「私は公債が景気調節に貴重な役割を発揮できると考えていた。不況の時は公債発行で景気を刺激し、景気が良くなり過ぎれば公債発行を抑制するか、やめれば景気が正常に戻る。つまり公債政策は悪用すると大変な過ちになるが、適切に運用すると景気を平準化する機能をもつ」と述べている。

 この福田の考え方に基づき、政府は40年7月27日、公債発行の準備を公式に表明した景気対策を決定、40年度補正予算案の検討に入った。 しかし、問題があった。 不況で税収が悪化し、歳入不足が日を追うごとに拡大していたのだ。8月には約2600億円に膨れ上がった。

■「本意ではない…」  

赤字国債の発行は避けられない情勢だったが、福田は秘書官の越智に「公債政策導入が赤字国債の発行を伴うことは本意ではない」と漏らした。大蔵省幹部は福田に「歳入不足の額は公共事業費の範囲内だから、財政法第4条の建設国債とみてもいいのでは」と進言した。しかし、福田は「その考え方はこじつけだ」と採用せず、特例法による戦後初の赤字国債発行を決断した。

こうして、政府は40年度補正予算案と約2000億円の赤字国債発行のための特例法を11月24日に国会に提出。 福田は答弁で「年度途中の税収落ち込みに対して公債を出す。これは率直に歳入補(ほ)填(てん)公債であるという理論をとるべきだ。長期にわたる考え方(公債政策)とは根本的に違う。厳密に区別しなければならない」と述べた。 つまり、福田は赤字国債発行はあくまで一時的な措置で、歳入不足を建設国債で賄える前例を作ってしまうと歯止めがなくなると懸念したのだ。

 補正予算案の国会論議は国債、それも戦後初の赤字国債の発行で白熱化し、特例法成立は41年1月18日までずれ込んだ。越智は「この時の福田の心境は(景気回復を)神に祈るようなものだったと思う。最高責任者の孤独を感じた」と語る。しかし、福田の政策は正しかった。41年に景気は回復に転じ、45年まで「いざなぎ景気」が続いた。福田は「回顧九十年」でこう述べている。 「正しく高橋是清、福田赳夫の考え方で(公債政策を)やっていけば、国力増進に大きな役割を果たす。私が40年不況に直面して決断した国債発行策は、今顧みても評価されるべきものがあるのではないか」。

◇◇◇

【詳説・戦後】赤字国債(2)「一時的な措置」の思いも…

■オイルショック  

 赤字国債の発行は41年度以降しばらくは行われなかったが、48年に新たな経済危機が訪れた。第4次中東戦争勃発(ぼつぱつ)で発生した第1次オイルショックである。石油価格上昇は日本も直撃、田中角栄内閣の「列島改造」によるインフレをさらに加速させた。49年の消費者物価指数は23%も上昇、「狂乱物価」と呼ばれ、トイレットペーパーなどの買い占め騒動が起きた。

 49年12月、田中内閣が金脈問題で総辞職した後、三木武夫内閣が発足。政治浄化とともに、オイルショックによる不況回復が最重要課題となった。景気対策が必要だったが、50年度の税収減による歳入不足は3兆円に上ると予想された。このため、三木は赤字国債発行を決断、50年度補正予算案に約2兆2900億円の赤字国債発行を盛り込んだ。
補正予算案は50年10月に国会に提出され、11月に成立した。しかし、三木は自民党内の「三木おろし」にあい、51年12月の衆院選で敗北、退陣した。その後を継いで首相に就任したのが、40年不況を蔵相として回復に導いた福田だった。福田は景気回復に意欲を燃やした。

「臨時異例の財政運営」を行う決意を固め、「国債依存率が戦後初めて30%を超えてもやむをえない」と考えた。福田は53年を不況脱出の年にしたいと考え、52年11月、53年度予算編成と併せて52年度の第2次補正予算案を組むよう指示。

これは公共事業などの景気対策を切れ目なく執行することによって景気を回復させようという政策で「15カ月予算」と呼ばれた。単年度中の複数回の補正予算は、福田が蔵相として景気回復に取り組んだ40年度以来のこと。赤字国債発行額は52年度が約3兆5000億円、53年度が約4兆5000億円に上り、建設国債を含めた国債依存率は30%を超えた。

 その結果、第1次オイルショックで49年にマイナス0・5%まで落ち込んだ実質経済成長率は、52年に4・5%、53年に5・4%まで回復した。福田はその後は自らの信念通り、「景気が回復した後は国債の発行規模を抑制する」つもりだった。
しかし、53年11月26日に行われた自民党総裁選予備選で、福田は大平正芳に敗れて本選挙出馬を断念。「天の声にも変な声もたまにはある」との名言を残し、政権の座を降りた。 以後の内閣は景気対策の名のもと国債を発行し続け、国・地方の借金残高は拡大した。赤字国債発行はバブル経済で税収が増加した平成2年度まで続いた。

 大蔵省幹部として福田に仕え、次官退任後は衆院議員に転身、経済企画庁長官を務めた相沢英之(89)=東京福祉大学学長=は「福田さんは財政規律に厳しかった。皮肉にもその人が戦後初めて赤字国債を発行したわけだが、オレがやらねばという使命感があったのだと思う。 政局より、国家をどうするかという大局を考える本物の政治家だった」と語る。

 時は流れて今年4月24日、相沢は首相官邸で首相の麻生太郎と会談した。相沢は麻生に「今の日本はデフレだ。国債を出してもインフレになる心配はない。経済対策は思い切って財政出動したらいい」と進言した。麻生はわが意を得たりとばかり、大きくうなずいた。 相沢は「不況の時の国債発行はやむをえない。景気が回復したら減らせばいい。問題は歳出の公共事業のあり方で、もっとメリハリをつけるべきだ」と指摘する。(敬称略) ◇

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 4日 (水)

『反- 友愛革命』始動:加藤紘一という国師 (1)

Kato

11月2日、本格的国会論戦開始。 ネチネチトリオの自民ベテラン議員の攻撃始まる。
外交、安全保障、基地問題を含めた鳩山革命政府の矛盾を突く大島理森のおじちゃま、町村のおじちゃまのドスの効いた怒りの鉄拳炸裂。そして重量級のお二方に続いてのご登場が、あの「加藤の乱」で総裁選に破れ、谷垣現自民党総裁の元親分、加藤紘一御大将!

靖国参拝反対、親シナ派で知られ、小泉〜安倍〜麻生政権においてはずっと冷や飯喰らいの反主流の親分、博識碩学なのは誰もが認めるところであるが、なんでこの人、自民なの〜ってなくらいの、保守系議員ご贔屓筋からは野中広務と並び、蛇蝎の如く嫌われて来たリベラル派のはず、、、だったはずーなのだが、、、や、や、やっ、、、どうしちゃったのぉ〜?

衆院予算委、攻守逆転で自民「ネチネチトリオ」炸裂
産経新聞
攻める側の自民、ベテラン不発 衆院予算委
日経新聞
日本が変わる:衆院予算委質疑 自民、普天間で攻勢/民主、応対に余裕も
毎日新聞
▼国会答弁メモやっぱり作って…官邸側、省庁に指示
予算委鳩山答弁 同盟弱体化の危機感が足りぬ(11月3日付・読売社説)

いや、しかし、今日の論争、じっくり聞いていると、お見事!
いつものミンス革命政府ageの新聞評にだまされてはいけない。(言うまでもないでしょうけど、、)
加藤紘一先生、これまた破格の粘着砲、各論撃破というより、地中深くズボズボ核心に迫りゆくバンカーバスターか。革命政府の閣僚たちも「国師カトチャン」の質問攻めにタジタジ、まるで大学の加藤ゼミの学生のようにバッサバッサと落第点を喰らっていくさまは、愉快ツーカイソーカイ!!

いやはや、国家運営においてアマ集団とプロフェショナルの差は歴然ー、さすが自民党、層の厚さと深みはときたら、、、。思わず、私も今までの偏見の無礼と失礼を心より謝罪し、いち学生になってカトチャンゼミでご高閲を賜りたい気分になった

しかし、こんな面白いやり取り、何故、紙上で全面公開しないんだろう。
リアルタイムでご覧になっていない場合は是非、コチラ衆議院TV 11月2日予算審議委員会で。
カトチャン先生の希代の頭脳と性格の悪さを一問一句逃さず、満喫できますぞ。

さて、先生のご講義は、大きく以下の2点に絞れそう。

  1. 友愛と国家ヴィジョン
  2. マニフェストと財源

どちらも嫌みたっぷりでジワジワと現革命政府の危うさをあぶり出し、今後の行く末を予見しているような気がしてならない。
以下、今後の展開のためにメモりながらの考察しておく。

(1)友愛と国家ヴィジョン

世界の大きな時代の変換期に、現在混迷しながらも国も人も自分の居場所を求め、その時に希求されるのが、国家としてのナショナル・アイデンティ。
外来の友愛という曖昧な概念は、鳩山ファミリーの私的なフィロソフィーであって、本来、ミンスの党是、革命政府の統一見解、国家目標なんぞになりえる分けがない。

〜" 友愛とはなんぞや "〜のカトチャン先生の問いに、しっかり答弁できたミンス閣僚はゼロ。原口だけが本質を理解していたが、これまた友愛とは新しい公共の概念であって、国家の概念ではないと、一刀両断。

Haraguchi

▼小沢環境相:「博愛ー個の自立と他人を尊敬する
▼平野官房長官:「友愛は党の精神として認めている」
▼岡田:「外交的には架け橋の象徴として使用」
▼亀井:「思いやりと、ちゃうの〜?」

あ〜、、こいつら、も少しモノ考えてるかと思ったが、、、教科書マル覚えタイプ。亀ちゃんは、、、、ずっとそのままでいてくだされ。 しかし、一番笑っちゃうのが、仙石の狸オヤジ!おちょくってんのか〜??腹筋がよじれてしまった。

▼仙石:「ひとさまから褒められ、感謝され、愛される国となるための条件整備(所得、健康、学歴差などの格差の解消、ポスト工業化のための環境整備さ。 」

コイツ、、、ポポのお花畑さ加減、わかってやってるぽいから一番、タチが悪い。

▼原口:「 民族、宗教、国家を超えた概念であり、日本とは何ぞやの国家観とは真逆の、外向きベクトル。市民公益の新しいパラダイムを提供している。新しい公共の概念が友愛です。」

ハイー、なんとも優等生な、ピッタシカンカンな答えであります。

27_mdf1465514

移民推進のための下準備か?国家観もなくそこらのご近所に甘ったるいソフトクリームを配ってご機嫌取りまくり、移民のお友だち増やそうって魂胆か?
そういや、オザーとかカンとかやたら、英国の真似したがっているし、大陸法とか英米法の違いってのもあるし、、ゆくゆくは法体系そのものもいじるつもりなんだろうね。ま、日本を多民族国家となる前に、たかりにたかられた国家財政デフォの日本終了でしょうけどー。

しかし、社会と国家を混同しまくり、、、。
ーというより、国境という物理的境界のある<国家>と、空の下どこまでも拡張可能な<社会>を限りなく<国家=社会>の等価にするのが、友愛の精神ってところ。<国家>を主軸にすれば国家社会主義となり、<社会>を主軸に据えれば、国境は融けてなくなり、<国民=地球市民>、、、ああ、目指すはやはり、ただ空があるだけ〜の世界統一政府だわ。

新自由主義(グロバリゼーション)はそもそも、ハイエク、フリードマンという二人の若手エコノミストの経済理論。1980年代のサッチャー政権で、長い英国病を治癒する理論として取り入れられ、その後、レーガン〜中曽根〜竹中、小泉路線として受け継がれた。
グロバの功罪はいろいろあれど、サッチャーは、〜” 国・人・マーケットがあれば充分"〜とした。何故なら、社会には<ギブ&テイクの貸し借り勘定>はあれど、公益性は一切なし。社会は個人に食事を与えてくれなければ、住居を与えてくれるわけでもなし。それができるのは、国家であり市場原理だと。

他方、日本には元々、助け合い〜無償の公共奉仕という精神があった。

55年体制以降の経済成長の過程で、豊かさ求めた物欲主義はそれをことごとく破壊して来たという罪業があれども、反共の自民党と共産社会主義左派のイデオロギー対決ともいわれたこの体制も、、実は、単なる日本型の、独自の、コミュニティ同志の対立だったのではないか?ーと、カトちゃん先生の問題提起。

Sengoku

な、、何、、、?
笑っちゃうんだが、西洋からの借り物の左右に分かれたイデオロギー対決は、ただのごっこで、内状は酋長同志の争いの道具だったんではないかとー?

ウ〜ン、、言い得て妙〜。
しかもこれ、イギリス然り、フランス然り、ロシア然り、アメリカ然り、、、。イデオロギーは、新参者が既得受益者に対する、またマイノリティがマジョリティに宣戦布告するための、革命やクーデター、戦闘をマスに対して正当化するための大義名文にしかすぎず、別に日本に限ってのことじゃないような気もするし、、、。

そうそう、その昔、江戸時代の橋梁建設には二種類の性格のものがあったらしい。

例えば、江戸〜東京の橋は、御公儀橋と呼ばれる幕府管轄のもの(公共事業のよなもの)。これに対し大阪では、町橋と呼ばれる民間の豪商などが建設したものが多数あったという。

言うならば求めゆくは、今、政と官の二項、官と民の二項対立ではなく、それぞれが補完し合う関係であればいいのではないかと、、、。

例えば、税の分配においても、ハンガリー条項を挙げられる。ボランティア、NPO、地域コミュに対し、自分が支払う税の幾分かを選択できる仕組み。

しかし、その時、対峙するものをまとめあげるには先に示した、国家アイデンティティがどうしても必要となってくる。 ポポ唱導の『友愛』路線路線は、国家論として未熟と落第点。
55年以前の日本に戻って、国家の原点を、共にナショナル=アイデンティティを模索するのがいいのではないかと、カトチャン先生。
ハイー、真にその通り、その作業なしで二大政党制はありえないと思いますし、売国vs亡国の選択枝しかない日本国民ってかわいそすぎる。

日本人のアイデンティティか、、。
喜びの時は自己の拡大膨張を感じるが、皮肉なことに、拒絶や孤独、痛みを伴う逆境の時に初めて自分を包む皮膚の存在を知る。
今、まさにその時!
皮膚が熱に融け、姿形をとどめぬ、溶け崩れたソフトクリームにならんことを、、、、願ってやまぬ!!

▼加藤紘一公式HPより

>> ..... 一方、日本人は今日まで恵まれた自然の中で生きてきました。山々には木々が繁茂し、谷には清らかな水が流れ、おいしい魚が棲んでいます。平野には野原があり、稲が風に穂を揺らし、鳥たちが飛び交っています。明確な四季のなかで、人々はこの自然と折り合いをつけ、和して生きることが最も賢い生き方と悟り、山川草木、石にまでも神の存在を感じ、尊敬してきました。

八百万の神々というのは、厳格な信者からすれば汎神教、多神教というのもおこがましい、いいかげんなものかもしれませんが、それが先人の知恵であり、日本人の生き様です。

自然の中で共に生きていく、和して生きていく。その中心になったのが、アミニズムに近い神道であり、神社でした。自然と人間をつなぐものとして神主や巫女を位置づけ、祈祷する。天皇家はその神主の最高の権威だったのではないでしょうか。

それが明治政府で政治的に変質させられたと見るべきでしょう。
そのような長い目で歴史を読むとき、欧米流グローバリゼーションによる豊かさの追求は、非常に過度に、早急に進んだことがわかります。そしていま、人々は日本流を求め始めています。その向かう先にはやはり、自然と人間との和があるような気がします。

リーマンブラザーズ破綻以来の混乱の中で、多くの若者が田舎暮らしや農業を志しています。地域社会の祭りに積極的に参加し、スローライフを志すのも、ごく自然な回帰現象のように思います。 日本人の原点は多神教的な自然崇拝と地域社会の和にある、政治はそこを見落としてきたのではないでしょうか。<<

カトチャン先生も説く。 もしかして日本というのは、自然に対する敬愛の念、尊崇、多神教の下で自然と和し、人間が和す〜という、日本神道的な精神でないかと、、。 そして、やはり、日本は神道の最高宮司、天皇の存在に収斂されていくんだなぁ〜。。。

『imagine』
若い頃聞いた時は感動したものだけど、今聞くと、
背筋が硬直するほど怖くなる「地球市民」カルトな歌詞。
ブッシュ政権がイラク叩いた時、放送禁止にしたのもうなづけるわ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »